03 二人の未来が描けない
仲直りしなくては——。
そう思っているばかりで、時間がどんどんと過ぎていく。槇はやっと仕事をこなしている状態だった。野原との仲直りもそうだが、彼の異動の話にやきもきとする気持ちばかりが募る。出世コースをたどっていた彼が、左遷同様の人事を受け入れているというのだ。信じられない。
——そんなに水野谷がいいのかよ!
ある意味、嫉妬。野原の進退の心配などではない。左遷人事を受け入れている理由に苛立っていたのだ。自分から謝罪しようなんて気持ちが薄れてしまっている。
——あいつが謝ったっていいじゃないか。
そんな自分勝手なことを思い始めていたその日。一階のラウンジを通り掛かると、野原を見つけた。久しぶりに見た彼は顔色が悪い。そして、彼の目の前には女性職員が一人座っていた。
「課長、今日は本当にありがとうございました。なんとか予算、なりそうですね」
肩までの髪を揺らした女性は笑顔。若い子という域ではない。年のころは40代だろうか? フレアスカートの可愛らしい女性だった。
「財務との話は時間がかかる。根拠さえしっかり押さえれば問題ない」
「本当にその通りですね。やだな~。課長って、本当に仕事できる人なんだから」
「仕事ができる? できなかったら給料もらえない」
野原の回答に女性は、「やだ~」と笑っていた。
「そういう意味じゃないですよっ! もう、本当にストレートに受け取るのって、結構、私ツボです。いいな。そういうの。好きですよ」
――「好き」だと?
心がざわつく。こんな盗み聞きみたいな真似、女々しいだけなのにと思いながら、槇はこっそり二人の後ろ側、植木で仕切られている反対側の椅子に腰を下ろした。
「好き?」
「やだやだ~。もう! 天然なんだから」
女性は目を輝かせていた。
——あ~……本当、頭くる!
「あらやだ。うちの娘たちに課長の話をすると、会ってみたいって言うんですよ」
「娘さん、いるって言っていた。仲いいんだ」
「私は離婚しているんですよ。そのせいでね。子供たちとなにかと協力し合ってやっています。——あ、そうそう。私。独身は独身なんです。野原課長って好きなんだけどな~。若い子は、みんな保住係長ファンクラブですけどね。私は課長ファンクラブですからね! 課長、今度飲みにでもいきませんか?」
槇は気が気ではない。野原に対して、好意を持ち、こうしてぐいぐい押す女が世の中にいるなんて、想像もしていなかったからだ。衝撃だった。
「ファンクラブ……?」
——動揺しているんじゃないか! 口を出したい。口を出したいが……。
「私、お弁当つくってきましょうか? 頼んでいるお弁当も大して食べていらっしゃらないですもんね」
「お、お母さん……」
「お母さんじゃありませんよ! できる女と言ってください」
「なにが違うか、わからない」
「もう! すぐ照れちゃうんだから」
正直、話しはかみ合っていないのに、篠崎という女性はどんどん話を進めていく。きゃっきゃとしている篠崎は女子高校生みたいだ、と槇ですら思ってしまうくらいだ。
「……可愛い」
「え?」
「この前も思ったけど、篠崎さんって可愛いんだね」
——!?
言われた篠崎は、これでもかと赤面して黙り込むが、むしろ驚いて、赤面してしまうのは槇のほうだ。まさか、野原が女性に対して「可愛い」という言葉を発するなんて思ってもみなかったからだ。
——もしかして、本当にこれで終わってしまうのか? おれたちは……。
居てもたってもいられない。槇は耐えられなくなって席を立った。野原との未来が描けない。目の前が真っ暗に感じられたのだった。
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