04 料亭での対峙


 やはり保住は一人ではなかった。待ち合わせの場所で待っていると、そこには彼と、そして振興係の職員である田口たぐちという男がやってきたのだ。野原が『ラブラドール犬』と揶揄する男だ。


 確かに大柄で温和そうな瞳は大型犬を彷彿とさせるが、槇からするとどちらかと言えば『土佐犬』だろうか?


 保住が一人ではないということを確認し、槇は野原を見る。


 ——おれの言う通りじゃないか。二人でよかっただろう?


 槇はウインクをして見せると、野原は呆れたように軽くため息を吐いた。


 結果的に槇たちも二名で対応して正解だったのだが、それは結果論に過ぎない。行き当たりばったりの作戦もこういう時には役立つものだと槇は自信を持った。


 しかしうまくいく話ばかりではない。田口は「自分は澤井さわいから保住を預かっている」と言った。

 澤井が他人を信頼し、そして保住をその男に託すなんてことは思ってもみなかったので、正直に言うと動揺していたのだ。


 だがここまで来て止めるというわけにもいかず、槇は保住と田口を連れて目的の場所へと足を運んだ。

 選んだ会合の場は、安田の政治活動で利用する料亭だ。


 自分のテリトリーに相手を連れ込んで、一気に畳みかけるという作戦なのだが……。終始、野原の疑いの視線を無視しながら、槇は主導権を握って話を進めた。


「我々は君の才能を買っているのだ。澤井は気に食わないが、君は助けたい。どうだ? 我々と手を組まないか。澤井を失脚させるには君の協力が不可欠だと思っている。詳しく説明しなくても、君ならこの意味がわかるだろう?」



 槇の目の前にいる不機嫌そうな男は、眉間シワを寄せて「不快」な感情を露わにしてきた。


 主語を述べなくても、話しの内容を理解する保住はやはり切れる。面倒な手間が省けて楽な反面、裏の裏までかかれそうで用心しなければならないと心を戒めた。


 しかしそんな槇の警戒などと裏腹に、保住は槇をまっすぐに見据えたままだ。


「話がわかる人間は好きだ」


 槇の言葉に保住は目を細めて冷たい表情をした。


「あなた方はなぜそんなに澤井が嫌いなのですか」


「軽蔑の気持ちを持ち合わせている君なら、理解してくれていると思っているのだがね。安田は年を取り過ぎた。今では澤井の言いなりだ。今の梅沢うめざわ市役所は澤井が思うように動かしているのだぞ? お前だって梅沢市のことを思って身を粉にしている人間の一人なのだ、わかるだろう?」


 保住は身じろぎもしない。

 本当に度胸のある肝が座った男だと思った。


 安田お抱えの自分は、確かに職員とは関係ないと言えば関係ない。ただ大概の職員は、槇に対して一目置いてくるのが普通だ。槇の機嫌を損ねれば、市長に言いつけられかねないという心理が働くからだ。なのにこの保住はそんなことは関係ないとばかりに、堂々と切り返してきた。


「あなたがそんなに梅沢を愛しているようには見えませんね。それよりも、ただ単に梅沢を動かす権力を欲しているようにしか受け取れない」


「権力ね。そういう解釈もあり得るだろう。結果的に澤井が失脚すれば、おれが手に入れるのは権力それだからだ。ただ私欲ではない。おれは梅沢のことを心底考えている男だ」


 自分で言って笑ってしまう。梅沢のためなんて、よく言えたものだ。保住の指摘が正しいのに、強引に押し切る。はったり勝負も大事だからだ。しかし保住はそんな手には乗らないようだ。相変わらず怪訝そうな顔をして槇を見ていた。


「こんな小さな田舎町なのに? あなたは梅沢が本当に好きなのですか? 申し訳ないですけど、あなたのその言葉には、『自分かわいさ』しか伝わってきませんよ」


 ——やはりバレている。前言撤回。これだから、頭のいい人間は嫌いだっ!


「なんとでも言いたまえ。しかし、現実から目を逸らすな。澤井は力を持ちすぎている。澤井派の連中以外にもお前まで手中に納めて、これからの保住派も掌握しようと画策しているのだ。今の市役所内で彼の思い通りにならないことはない」


「ですから。おれはそういう派閥には興味がない」


 そこで槇との押し問答では埒があかないと判断したのか野原が口を挟んだ。


「お前は澤井が嫌い。悪い話ではない。我々に協力しろ」


 保住は槇から野原に視線を移したかと思うと、今度は野原に向かってよく通る声で言い放った。








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