04 偽善


「野原って、なにしても声あげないんだぜ? 面白いだろう?」


「教科書、こんなにしても黙ってるし……。なあ、せっちゃん、制服脱がせても黙っていられる訳?」


 蛭田の戯けた様子に、横沢は口元を歪めて意地の悪い顔をしていた。


 ——本当、バカ。黙っているヤツがあるかよ。


 槇は心の中で悪態を吐いた。

 しかし野原はじっと黙っているだけ。横沢の手は彼のワイシャツを手繰り寄せる。白い横腹が露わになった。


「へ~。やっぱり、どこもかしこも白いんだ。それにこの目……なに? コンタクトでも入れてんの?」


「違う……」


 そこで初めて野原は声を上げた。


 ——違う。それは昔から。光にちゃんと当たらないからだって、せつの母さんが言っていた。


 横沢は野原の首の後ろに手を回すと、強引に引き寄せた。


「よく見せろよ」


「横沢、その辺にしておけよ」


 ——触れるなよ。おれの雪に。


 心の中ではそう叫んでいるが、二人とは親友であるということがブレーキをかける。


実篤さねあつは雪ちゃんと幼馴染だって言ったっけ? やっぱり庇うんだな。実篤。お前、雪のこと好きなの?」


 野原から離れた視線は、槇を射すくめた。


「す、好きって、なんだよ」


「だってさ。おれたちが野原を揶揄うと、お前、すぐ間に入るじゃん。それって庇ってるつもり? 嫌なんだろう? おれたちが、こいつに触れるの」


 横沢はいつも寡黙な代わりに色々なことを観察していたというのか。表立って野原を庇護するような態度を取ったつもりはなかったが、全て彼には知られていたということなのだ。


「え? 横沢、どういうこと?」


 蛭田は狐に摘まれたように声を上げた。彼は狡猾であるが、そう頭はよくない。


「実篤はこいつが好きなんだよ。だったら、そばに置いておけっつんだよ。お前さ、本当に胸クソ悪いぞ」


「はあ?」


「いい子ぶって。みんなが気味悪がっている雪のこと本当は心配なくせに、表立って守ることもできない偽善者が」


「おれは、そんなんじゃ……」


「じゃあ、どういうことだ? おれはそういう奴が一番卑怯で嫌いだ。お前はそう悪い奴じゃないと思っていたけどな。お前の腰抜けにはうんざりだぜ」


 彼はそう言い放つと、野原を見下ろした。


「実篤はな。お前の味方しているふりして、おれたちと一緒にいじめる側にも足突っ込んでんだ。お前はそんな中途半端なこいつのこと、信用するのか?」


「横沢!」


 事実だ。それは槇も認識している事実だ。だけど野原には言って欲しくなかった。


 ——知っている。都合がいいって。


 自分の欲のために、横沢や蛭田を切ろうとしている心内も。みんなが気味が悪いという野原と距離をとっているのも、人気者の座を守りたいが故。こそこそと野原を救ったって、それも自己満足だったということだ。横沢は槇の心中を全て理解しているのだ。図星すぎて言葉に詰まった。


 ふと野原の視線が槇に移った。その横顔は無表情で、なにを考えているかわからない。だけど横沢の手の中にいる彼を本気で取り返したいという思いしか浮かばない。苛立って苛立って、どうしようもない衝動に駆られた。


「雪。おれは実篤とは違う。正直な男だ。あんな嘘つきで自分可愛いやつなんて放っておけ」


 横沢の顔が雪の顔に近づく。これからなにが起きるのか予感した途端、槇は飛び出していた。


「実篤!」


 蛭田の声が空っぽな教室に響き渡った。











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