03 異端者




 当時の自分は本当に能天気で自分勝手だと大人になってから反省しても遅いものだ。


 蛭田ひるたと横沢との付き合いを表立ってすることを控えてからの彼は、別人のように努力をした。塾に通って一気に成績を伸ばし、素行も慎ましくした。教師の依頼にも率先して答え、優等生を演じたのだ。その甲斐あってなのか。十一月の生徒会役員の臨時改正に伴い、槇は一年生で唯一の生徒会枠を獲得した。


 蛭田たちには「本当にやるかよ普通」と半分呆れられたり、喜ばれたりしたのだが、やはり表立って付き合うことが出来ずに、彼らとは疎遠になりつつあった。


 梅沢中学校の生徒会は、入会するのも難関であるが、入会後も修行みたいなものだった。連日のように放課後は、生徒会室での活動に従事させられつつも、成績を落とすことは許されない。教師たちの手伝いもさせられた。


 正直、遊ぶ時間なんてこれっぽっちもなかったのだ。朝七時過ぎに登校し、帰宅は七時過ぎ。学校に十二時間も拘束されとは想像を絶する過酷さだった。しかし、そもそも自分が欲して得たものだ。あまり苦にならずにそんな生活に馴染んできたある冬の放課後。それは明らかになったのだ。


 その日、雪が降っているということで、生徒会は珍しく五時を待たずして解散。帰途に就く槇だったが、昇降口まで来て、参考書を忘れたことに気が付いた。


 ——生徒会室だろうか? 教室だろうか? まずは、教室を見てからにしよう。


 そう判断し、一年生棟に足を向けた。


 もう日の落ちた廊下は薄暗い。誰一人残っているはずもなく……そう思っていた矢先。二組から物音と人の話し声が聞こえてきた。


「こんな時間に……?」


 特段気にすることもなく、そこを通り過ぎようとした時。


「なにか言ったら? ねえ、聞いている? せっちゃん」


 耳に入ってきた言葉に、槇は足がすくんだ。


 ——……?


「しゃべれない訳? ねえ、なんとか言いなよ。気味悪いよね。本当に」

 

 槇は心臓がバクバクと早く鼓動するのが分かる。


せつだ」


 こんな時間に残っているなんて、ろくなものではないと槇は思った。


「あいつ、また証拠にもなく居残って本読んでたんじゃ……」


 一緒の中学校に進学していたのに、顔も会わせない。クラスも違う。だけど知っている。だってずっと見ていたのだから。相変わらずのマイペースさで、野原は本ばかり読んでいた。人ともあまり会話しなかった。


「野原くんって、気味が悪くない?」


「おしゃべりしないんだよ」


「それに、ねえ。あの目……」


 女子たちがそう囁き合っているのも知っている。


 ——そばにいるなら守ってあげられるのに。知らないんだから。


 野原が自分から離れてしまったことに拗ねていた。彼から話しかけてこないなら、自分だって……。そんな子供地味た意地を張っていたせいで、二人の間には距離があった。なのに槇は片時も忘れてはいなかった。


 大人になってから思い返すと、ここで大問題を引き起こしたら生徒会のポジションが危うくなるだろうと、無視しただろうに。当時の槇にはそんなこと到底できなかった。いやきっと。頭でわかっている今だって、同じ状況に置かれたら無視するなんてことはできないのだ。


「なにしてんだよ」


 二組の扉を開くと、横沢と蛭田が弾かれたように顔を上げた。しかし彼らは、相手が槇だと知ると、安堵の表情を見せた。


「なんだ、驚かせるなよ」


 蛭田の言葉に答えることなく視線を向けると、野原はそこにいた。


 横沢が野原のブレザーに手をかけているところだ。彼の目の前には何冊かの教科書が鋭利なもので切り裂かれて捨ててある。蒼白な顔色は更に血の気もない。野原はなにか言うわけでもなく、伽藍堂な瞳を教科書に向けていた。


 ——しょうもない。






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