sequence 1 ろじうらのよびごえ part 6
「私は大丈夫だよ!コウちゃんこそやっぱなんか変だよ。今日はいろいろあったし、お互いゆっくり休もう」
「そうだな。ごめん」
シュウはまだ何か言いたげだったが、それから何も言わなかった。
自転車で実家まで帰るシュウを見送って、俺はローカル線の三津岡鉄道の新三津岡駅のホームに来た。
電車に乗り込み、今日一日の出来事を振り返った。アカネの変わったリクエストのサバ缶、電車で遭遇した大きな獣の影、化け物が関わる行方不明事件。一度にいろいろなことがありすぎて、頭が混乱してしまう。化け物が行方不明事件を起こしているのか?俺たちに何ができるっていうんだ。
三両編成の小さな電車が、夕陽の中からぬっと現れ、目の前のホームに滑り込んだ。家の最寄りであるアケボノ町までは5分ほどだ。そろそろアカネが帰ってくる時間だから、先に開けてやらないと。俺は買い出しの品物で重くなったカバンを持ち直した。
−*−
アイスコーヒーの氷をかき混ぜるような音を立ててエントランスのベルが店内に鳴り響いた。
「ただいま〜ああ疲れた」
「おかえり。風呂入るなら沸いてるぞ」
アカネがどさっと通学カバンと部活用のバックパックをエントランスに置いた。時刻は19時近く。外からは西日が差し込み、もうそろそろこの街の裏山の向こうに太陽が沈む頃だろう。アカネは陸上部の練習の後はいつも真っ先に風呂に入るので予め沸かしておいた。3〜40分くらいで出てくるからその間に夕食を準備する。できる兄だろ?
「お風呂入る!ありがとお兄さすが」
「まぁな。飯も作っとくから」
カウンターに立った俺は、鍋に入ったスープを前にしてお玉を振って答えた。エプロンまでつけちゃって親父の真似。料理男子って感じで悪くない気分だ。
「なんかお父さんみたい。よっ二代目マスター」
「うるせー。ん、なんか聞いたことあるなそれ。さてはシュウとLINEでもしたな」
俺が得意げになっているのを見透かしてかからかってきた。
「バレたか。なんか今日もデートしてたみたいじゃん。お兄やる〜!」
「そんなんじゃねーよ」
なんだかにやにやしながら、アカネはライトピンクと蛍光グリーンのラインが入ったニューバランスを脱ぐと、店内用のサンダルに履き替えた。店の中に土とか草とかを持ち込むのを親父が嫌うためだ。じゃあ俺ら用の裏口でも作ってくれよって感じなんですけど。
シューズの紐が絡まないようにしてから、アカネは俺のいるカウンターに近づくと、カウンターの裏の靴棚の扉を開ける。以前使っていた、もう今はボロボロで穴が開いてしまったトレシューの横にニューバランスの席がある。一年ちょっとであんな状態になっちまうとは、どんな激しい練習をするんだろう。中学の時は不真面目でやる気のない帰宅部員だった俺にはあまり想像できない。
「そのシューズもう履かないだろ、捨てちゃえよ」
「やだ。これ見るとあたしの努力が思い出されて、よし次も頑張ろうって思えるの」
古いシューズは、アカネが陸上部に入りたいと言った時に俺がバイト代で買ってやったプレゼントだ。捨てずにとって置いてくれるのは嬉しいけどね。俺は照れ臭くなって鍋のスープに向き直った。
「それに、靴紐は新しいやつにつけてるから今でも一緒に走ってる!」
なるほど確かに古いトレシューには靴紐が付いていない。カウンターの下でアカネはしゃがんだままそう言い、少しくすんでほつれかけたブルーの靴紐が通されたまだピカピカのニューバランスを顔の前に掲げて、ニカっと笑った。
「あ、そうだアカネ。サバ缶買ってきたけどどうすんだこれ。食うのか?」
「ありがとお兄ちゃん、えーとね、それ猫にあげようと思ってるの」
「猫?」
「家の近くの路地裏にね、黒い子猫ちゃんがいて…お腹空かせてるから」
なぜか胸騒ぎがした。黒い子猫…?
夕暮れは終わりかけていて、もう間も無く夜の帳が降りる。最後の夕陽に赤く染まるアスファルトが、カフェの座席のガラスから見えた。何かが、薄闇の中にいるような錯覚さえする。
「うちじゃ飼えないぞ。親父が動物苦手だし、お前だって…」
「わかってるけど、可愛いんだよ。。あ、近くにいるのかも。声が聞こえる…」
「アカネ、待て」
言うが早いか、アカネはサバ缶を持ってサンダルのまま玄関を出て行った。
−何かおかしい。アカネは優しいが、動物は苦手なはずだ。
「おい、アカネ!」
俺の胸騒ぎは、もう今は激しい心臓の鼓動として俺の胸を打っていた。
To be Continued...
*この物語はフィクションです。実在の人物や団体とは一切関係がありませんので、本文中の表現をそのまま受け取ってしまう純粋ピュアな読者の方は、ご注意下さいませ。
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