sequence 1 ろじうらのよびごえ part 4

 帰りのホームルームが終わり、クラスメイトはそれぞれの運動部や文化部の活動場所に向かうために教室を出て行った。この暑いのに外で走ったりボールを追いかけたりするのはどうしてだろう。気持ちはわかるけど、俺はこんな日はなるべく涼しい場所で音楽とか聴きながらアイスを食べたい。


「コウちゃん、行こ!」

「何時にどこだっけ」


 そういえば、詳細を何も聞いてなかった。シュウは通学バッグからオレンジベージュの手帳型ケースを取り出す。シュウは半袖のブラウスの上にサマーニットのベストを着ているが、それと同じ色だ。こういう時、生真面目にスマホのメモを確認するのはシュウの癖。


「えーっと、1時間後にあおい通りのスタバ」

「わかった。ならちょうど良かった。あおい通りのコーヒーショップに用事があるんだ。買い物に付き合ってくれよ」

「いいよ!よっ二代目マスター!」


 俺はカバンを持って立ち上がった。シュウはからかっているつもりなんだろうが、照れ臭くなって片手をひらひらさせながら答えた。


「うちはまだ2年目で廃業寸前だぜ。勘弁してくれよ」

「えー、評判いいよ!名物・あおむし団子。また食べたい!」

「お前がそう言ったら親父は喜ぶよ。悪趣味な名前だけどな」


 うちの親父は手作りの串団子を売りにしている。カフェで団子かよって感じだが、シュウのいう通り、まずまずの評判みたいだ。”ずんだ”を使っていて、あまりこちらの東海では食べないので珍しくて評判なのだ。ずんだが有名なのは宮城だが、岩手でも結構ふつうだ。アンタももし三津岡に来ることがあったら、『cafe あおむし』をよろしく。


−*−


 俺たちは高校を出て最寄りの三津岡駅まで来た。

 そうそう、三津岡市は東海地方有数の政令指定都市だ。

 指定都市の中でも一番面積が大きいと自慢しているが、同時に人口が一番少ないことでも知られている。ズッコケ。まぁ仕方ない、北の方は人がほとんど住んでない山間部なんだ。人口の多くは南部に集中していて、この三津岡駅を中心としてそこそこ発展している。JR東海道線三津岡駅と東海道新幹線の複合した駅と、ローカル線である三津岡鉄道の新三津岡駅が交差する中心部。名は知られているけれど、他県人で初めてこの三津岡駅に降りた人は「へぇ、案外栄えてんね」という感想を抱きがち。里山の残るアケボノ町から電車で5分なんて未だに信じられないんだけど、本当だから仕方ない。三津岡はそういうところだ。


 三津岡駅前のあおい通り、世話になっているコーヒー豆のショップで親父に頼まれていた豆を買った。あとはちょっとした食材を買えば良い。

「コーヒー豆っていっぱいあるんだね。私初めてああいうとこ入ったよ〜!」

「俺も親父と何回かしか行ったことないけどね。あとは…サバの缶詰を買って終わりだ」

 スマホの裏に貼ってある、アカネが残したメモを見ながら俺は言った。サバ缶のついでに夕食の買い物もしてくるか。バイトがない時、夕食の準備は俺の仕事だ。親父がいないから二人分でいい。


「サバ缶?なんか意外なもの出てきたね」

「アカネが欲しいみたい。自分で食いたいんじゃないのか」

「私、食べたことない!サバ缶。しぶいねアカネちゃん。あ、でもうちの猫が好きだそういえば」

「猫…あ!」


 シュウのその返答で、俺は今朝電車で目撃した不思議な影を思い出した。電車から降りてきた、素早い動きの獣のようなもの。動物を目撃するにはあまりにも不釣り合いな場所で見たそれは、今では見間違いだったんじゃないかとも思えてくる。不思議な話やオカルトに詳しいシュウに話そうかと思っていたのをすっかり忘れていた。

 唐突に大きな声を出した俺にシュウはビクッと反応した。


「え、何、どうしたの?」

「いや、ちょっと思い出したことあって。見間違いだと思うんだけどさ…」


 今朝見たものを俺はシュウに話した。


−*−


「へぇ〜!ついにコウちゃんも霊感に目覚めてしまったのか!?私も見えるようにならないかな〜!」


 歩きながら話していると、目的地のスタバについた。

 シュウは新作だというやけに長い名前のフラペチーノを頼み、俺はホットのブレンドにした。暑い夏だろうがコーヒーはホットと俺は決めてるんだ。待ち合わせまではあと20分くらいある。店内はノラ・ジョーンズの”Come away with me”が流れていた。


「俺もバチ当たりな友人に振り回されてついに頭がいかれてしまったのかも知れない」

「え、誰のこと?!」


シュウはいたずらっぽく笑うと、スマホを眺めながら目をまんまるくして、何かを探すように視線を動かした。


「そうそう、うーんなんか、聞いたことあるんだよねぇその話。ほらあった!これと同じじゃない?」


 シュウはオレンジベージュのスマホカバーを折りたたむと、縦置きのスタンドにして俺の目の前のテーブルに置いた。そこには、シュウが以前誰かに取材をした時の話が載っていた。


「全然別の人が同じ話をするっていうのが一番ゾクゾクするよぉ〜!ホントに居るのかも、って思うよね?!」


 シュウは目をキラキラさせながら、丸めた両手の上にほっぺたを乗せて言った。まるで憧れのアーティストの話でもする恋する乙女のようだが、相手は幽霊や妖怪だから、やっぱり変なやつだなと思う。


−*−


「電車に乗って移動する白い犬…この話も俺が見た状況と似てるな」


 違うのはこの話をした誰かさんははっきりと”白くて大きな犬”と言っている点だ。シュウの方にスマホを返した。客が出入りするときに出現して素早い動きで人ごみに紛れる。周りの乗客は気づいているそぶりがないという点は同じ。確かにあれだけデカい動物がそばに寄ってきたら、たとえスマホに夢中だとしても気付かないわけないし驚愕して普通は逃げるだろう。動物園だとしても怖い。やはりあれは幽霊とか妖怪の類なんだろうか。

 シュウは画面をスクロールしながら言った。


「あ!この話を聞いた子は乙羽町に住んでる子だ…この電車も三津鉄。市内のお嬢様学校に通う高校生だよ」

「同じものを見たわけか」

「すごい!よーし、忘れないうちに…」

 何がすごいのかわからないが、シュウはスマホを両手持ちにして目にも止まらぬ速さでフリックしていく。『三津鉄の幽霊犬』とかいう見出しで校内新聞の記事を出すつもりなんだろう。「近條愁羽の怖談ノート」というコーナーまで作っているこいつには根強いファンがいるのだ。俺は自分はコーヒー豆の種類についての記事でも書くかなと思いながら、コーヒーを一口すすった。


 「あ、LINEきた。ナツキさん、着いたみたい」


 シュウがそう言い、俺とシュウはほぼ同時に入り口の方を見た。シュウがおーいと手を振る先には、市内の別の高校の制服を着た女子がいた。

 俺は自分の見えたものが信じられなかった。たぶん口を開けて目を見開き、相当間抜けな顔をしていたはずだ。


 その女の背後には異様に手足の長い、身長2mはあるだろう人型の何かが立っていた。そいつはぴたりと体に合った紺色のスーツを着ているが明らかに人間ではない。スーツの襟元から上の頭のあるはずの部分には、両生類や軟体動物を思わせるぬめぬめとした表皮、黒地に緑と橙色の毒々しい模様が入り、目がどこにあるかわからない。”海鼠(なまこ)”に似たそのスーツ巨人は、女の背後にぴったりくっついている。


 おいおいおいおい、ヤバすぎるだろあれは。俺は声を出すことができなかった。



To be Continued...


*この物語はフィクションです。実在の人物や団体とは一切関係がありませんので、本文中の表現をそのまま受け取ってしまう純粋ピュアな読者の方は、ご注意下さいませ。

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