Sequence 1 ろじうらのよびごえ Part 2

俺の家である親父のカフェ『cafe あおむし』は、ローカル線三津岡鉄道の”明保野町”駅から徒歩2分という好立地だ。7時20分に家を出て30分発の電車に乗るのは造作もない。

 まあ、この三津岡鉄道は住宅街の側を走ってるんで、ここアケボノ町に住んでる人ほとんどが「駅前」って感じなんだけどね。終点の新三津岡まで3駅、乗車時間たったの5分。地元で99年も続いてるってんだから驚きだよな。来年には100周年なんだって。すごいだろ。

 国道1号線沿いの住宅街のすぐ側を走る地元の愛すべき路線。もしもアンタが鉄男なら知ってるんじゃないか?


 たったの2〜3分とはいえかなりの陽気が肌を焼く。明保野町駅の4段しかない階段を上がって、スマホを端末にかざし改札をくぐり抜けホームに出ると、風が通り抜けて一瞬だけ暑さが和らいだ。俺はワイヤレスのイヤホンを耳にねじ込んでスマホを操作し、エリッククラプトンの"Change The World"を聴き始めた。


「間も無く、新三津岡駅ゆきの電車が参ります。危ないですから…」

 7時30分発の3両編成がホームに滑り込んできた。

 何かのキャラクターのラッピングがされていて下品な真っピンクに染まっている車体は、初夏の陽光を照り返してさらにどぎつく煌めいていた。

「ドアが開きます。ご注意ください」

 

 ドアが開き、降車する客をボーッと眺めていた。クラプトンが歌う。<I can chenge the world~♪>

 その時、俺は自分の目を疑った。


「ん、猫…?」


 サッと、素早い動きで動物のような何かが乗客に混じって電車の中から降りてきた。でかい犬ぐらいの大きさあるが、動きは猫のようにしなやかだった。見間違いか?

 いや違う。俺はその影を目で追うと、そいつは確かにいる。かなり素早い動きで、降車した15人くらいの客の間をすり抜けている。やがて改札に集中する客に混じって見えなくなってしまった。不思議なのは、誰も見向きもしないことだ。歩きスマホしてるから気付いてないのか?全員?


「お客さん、乗らない?」

 不思議そうな顔で車掌のおっちゃんが声をかけてきた。「すいません!乗ります」俺は釈然としないまま、得体の知れない獣の乗ってきた車両に乗り込んだ。

 

 −*−


「それでね、この怪談というか事件なんだけどね!事件自体は新聞とかにも出てるの!…って聞いてますかあー?おーい!」

 俺の目の前で近條シュウが大きな口を開け、両手を口の横に当てておーいと叫ぶ。

 登校してから、今朝自分が見た不思議な獣のことを思い出していると、いつものようにシュウが近づいてきて聞いてもないのに話し始めたのだ。

 いつの間にかぼーっとしていて、このお節介なクラスメートのことなど忘れていたらしい。すまんすまん。

 こいつは小学校の頃にこの街に引っ越してきてからの同級生で、中学校、高校と同じ学校に通っている幼馴染みたいなもんだ。ご多聞に漏れず、ごく普通の男子高校生には幼馴染が付き物だ。

 名前は男っぽいが、俺の数少ない女友達。まぁ男友達も別にいないけどね。

「何だよ、耳元で大声出すやつがあるか。俺はマイクか」

「あーあー、マイ・テス・ワンツー!YO!YO!俺の話を聞けYO!」

そう言ってシュウは首を曲げ肩に耳をつけてDJだかラッパーだかの真似事をする。こいつは昔からノリが良くてみんなから好かれる。言うこと全てにエクスクラメーションマークがつきそうなポジティブお節介ガール。なんとなく伝わるかな?

 

 今朝のことは気になる。もしかしたら噂好きで情報通のシュウなら何か知っているかもしれない。だがまずはこいつの話を聞いてやるか。

「ごめんごめん。ちょっと考え事してて。それで話題の怖い話ってのはなんだ」

「あ、私のボケ軽く流された…。そうそう、それでね、すっごく不気味な話なんだよ〜ぉ!」

 両手の甲を顔の横に下げ、舌を出しながらシュウは言った。怖い話や都市伝説に目がないシュウの、おなじみのポーズだ。

「この”神かくし”事件なんだけどね、もう三津岡市内だけでも四件は出てるらしいんだけど、被害者はちゃんと戻ってきてるの!それで…」

 

 被害者は小学生の女子と男子一人ずつ、女子中学生、会社員の男性の4名だという。これはローカルの新聞にも載っていてシュウはちゃっかり切り抜きまで持ってきていた。どの事件も捜索願が出された後2〜3日して自分で家族の元に戻ってきているらしい。

 警察の捜査がどのように行われていたかは新聞記事からではうかがい知れないが、シュウはどこから仕入れてくるのかいつも情報通だった。

「警察の取り調べによると、被害者4名に特別な接点は見当たらなくて、消えた時間もバラバラ。市内ってことは共通しているけど、場所もバラバラなの」

 ただし−と前置きしてシュウはわざとらしく神妙な面持ちを作った。

「共通していることもあるの。それは、誰も犯人の顔を覚えていない。消えた時の記憶が混乱していて、消えていた間の記憶もないの。不思議じゃない?これはまさに現代の神隠し!オカルトの香りがする!」

「薬でも飲まされて眠らされてたんじゃないのか。会社員の男性ってのはともかく、小学生や中学生の証言なんてアテにならない気がするけど」

「夢がないな〜。でもこれで話は終わりじゃないの!」

 行方不明事件に夢もへちまもありゃしないと思うが、俺の白い視線に構わず女友達は続けた。



 それからシュウが話したことは確かに不気味だった。



To be Continued...


*この物語はフィクションです。実在の人物や団体とは一切関係がありませんので、本文中の表現をそのまま受け取ってしまう純粋ピュアな読者の方は、ご注意下さいませ。

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