Sequence 1 ろじうらのよびごえ Part 1

 俺は睦ノ宮コウイチ。どこにでも居るごく普通の男子高校生だ。

 −−と前置きするのは挨拶みたいなもんだよな。

 背は低くないとは思うが、運動も好きじゃないんで人並みの体型。顔は…まぁみんなの想像にお任せする。イケメンに想像してくれれば大体合ってるよ?なんてな。


 小学校の頃は岩手県某所に住んでいたが、2011年に東海地方のこの街、

 −三津岡市明保野町(みつおかし・あけぼのちょう)に引っ越してきた。


 岩手県、2011年と聞いてピンとくる人は察しが良いと思う。

 PTSDや心に傷を負っている人は思い出したくもないからあえて伏せるけど、俺もあの”大惨事”で被災した。


 当時まだ小学生だった俺は本当にショック…というか、何が起こったかわからなくて数ヶ月くらいの記憶がない。というか災害前の記憶すら曖昧だ。これは体験した人じゃないとわからないと思うけど、本当に「思い出せない」のだ。思い出そうとすると、まるで砂をすくおうとするみたいに記憶がほどけていってしまう。ちょうど、朝寝ぼけて起きた時に夢の内容を思い出すような感じ。伝わるかな?

 あの災害で俺の家も、学校も…いや、そんなもんじゃないか。

 

 文字にしちゃえばたった10文字程度だけど、小学生当時の俺はしばらく理解することができなかった。多くの人が一瞬のうちに居なくなった。死んだとわかった人の方が少なくて、祖母と母は今でも行方不明だ。悲しいよな。

 でも、親父と、俺と、妹のアカネは生き残った。あの大惨事が起きた後、親父は生き残った幼い俺と妹を連れて、縁もゆかりもないけど定住できるところを探し出し、実際に俺たちは今もこのアケボノ町で生きてる。


 おっと、辛気臭い話からはじめちまってすまない。ここからは明るい話。


 親父は苦労して小さなカフェを始めた。俺も普通の公立高校に通えてるし、中学生になったアカネも陸上部のエース兼カフェの看板娘だしな。え?誰がシスコンだって?そらそうよ。俺の宝は家族だぜ。

 小学校で転校してきてから、中学、高校と俺のことを支えてくれた友達もいる。まぁ片手で数えられるくらいしか居ないけどさ、友達は量より質だよ。アンタだってそう思うだろ?


 さてと自己紹介はこのぐらいにしよう。


 あの夏も、とても熱い夏だった。


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「グァテマラ、エチオピア、コロンビア…あとなんだっけ」

 俺は寝ぼけまなこをこすりながらコーヒーの在庫を確認しようと棚をのぞいた。

「イタリアンロースト」

 すでに支度を整えたアカネがカウンターの裏に備え付けられた椅子に座り靴紐を結びながら応える。時刻は朝7時を少し回ったところ。陸上部の朝練があるらしい。ニューバランスのトレーニングシューズを念入りにメンテナンスするアカネは背中をむけたまま言った。

「お兄、メモ、カウンターに貼っといた。他にもおつかいあるから。あとトーストとコーンスープとコーヒー。食器は自分で片付けて」

 俺の家、−cafe あおむし−は店舗兼住宅なので俺たちはいつもこのカウンターで朝食を摂る。玄関もそのままカフェのエントランス。最初はなんだか違和感があったがもう慣れた。それより親父のネーミングセンスどうにかならんのかい、と今でも思うが。

「なんてできる女なんだお前は。愛してる」

「お兄がだらしないから心配なだけだよ。よし。今日もかんぺき」

 アカネはエントランスについた鏡を覗き込み、あごに人差し指を当てて小首を傾げ、ポーズをとりながら言う。中学生の間で流行ってるんだろうか。80年代のアイドルみたいなポーズだと俺は思う。

「じゃ、行ってくるね。お父さん今日は帰ってこないらしいから戸締りよろしく」

 こちらに向き直り、右手を平にして敬礼のようにおでこに当てて言う。

「おう。行ってらっしゃい。がんばれよ」

「もち」

 アカネはエントランスの扉を押し開け、カランカランと小気味いいベルの音とともに出て行った。


 親父はコーヒーマシーンだかの展示会に呼ばれたらしく東京に出張していて今日はいない。いつもは親父が朝食を用意するが、こういう時に卒なくタスクをこなせる妹の生活力に感服。

 アカネの用意したトーストをコーンスープで流しながらメモに目を通すと、違和感を感じるものがあった。

「サバの缶詰?…そんなメニューあったっけ」

 いや、市販の缶詰をそのまま出すようなメニューはさすがの親父でもやらない。まさか自分で食うのか。最近の若者は健康志向だからな…サバはDHAとEPAが豊富だし。ってチョイスどうなのよ。あれこれ思案しているが、まあアカネのことだからなんか考えがあるんだろう。

「やべ、時間」

 時計の長針はいつの間にか20分を指している。まだ熱の残るコーヒーを一気飲みして危うく火傷しそうになった。着かけた制服を整え、カバンをひっつかんだ。

 エントランスのやけに仰々しい扉を押し開ける。明治の頃からやはり喫茶店だったと言う中古の店舗なんで古風な作りなんだ。ほとんどは今風にリフォームしたけど、この扉だけは親父が気に入っていてそのままだ。しっかりしてるがなんせ重い。営業中は開け放っているからお客さんには関係ないのが救いだ。


 カフェのエントランスのベルが涼しげな音を立てていたが、七月も半ばになるとこの時間からでも暑くてかなわない。モワッとした、湿気を帯びた熱気が顔にまとわりついた。やれやれ。

 俺はエントランスにしっかり鍵をかけると、ホームセキュリティを作動させ、駅に向かうために歩き出した。

 


 この時は全然気付いていなかった。路地裏からこちらをじっと見つめる、小さな双眼に。




to be continued...


 *この物語はフィクションです。実在の人物や団体とは一切関係がありませんので、本文中の表現をそのまま受け取ってしまう純粋ピュアな読者の方は、ご注意下さいませ。

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