6
ハーゲンベック・リヒテンベルク連合軍が降伏を宣言したのは、戦いが始まって一週間ほど経った頃だった。
大まかな予想としては一ヶ月は続くはずだったのだが、敵の主たる将が討ち取られたことで、敵の軍は瓦解。絶対に勝てると豪語していたハーゲンベックを、資金援助していたリヒテンベルクが見捨て、あっさり白旗を上げた。リヒテンベルクにとっては、ハーゲンベックはあくまで金づるであり、このまま続けるよりは、早いうちに降伏してハーゲンベックに賠償金を出させるほうがマシだと判断したようだ。
対して、ハーゲンベックは降伏するつもりなどなかったようだが、リヒテンベルクが手を引けば、戦争を続けるだけの体力はなく、降伏か滅亡かの二択ならば降伏を選ぶしかなかったようだ。
さらにライヒは追い打ちのように、ハーゲンベックとリヒテンベルク双方に、向こう二十年間は防衛以外の理由でライヒに宣戦布告をしないこと、さらにリヒテンベルクに対してはライヒ領に敵対する領に対し、一切の援助をしないことを宣言させた。
リヒテンベルクは賠償金を補填するためにイチャモンをつけてハーゲンベックに慰謝料を吹っかけるだろう。もともとそちらが狙いだった節まである。これにより、ハーゲンベックはライヒ、オルヴィネリ、リヒテンベルクの三国から慰謝料を請求されるというわけだ。もはやハーゲンベックがライヒ領とオルヴィネリ領に喧嘩を吹っかけるところはないだろう。
* * *
敵の主将を討ち取ったことが終戦の決定打になったのは間違いなかったが、そうなると当然「討ち取ったのは誰か」という話になる。
ハイジが「俺ではない」とはっきりと否定したことで「これはもう
「覚えてないわ」
と答えた。
覚えていないというのは本当だった。
理由として、敵に感情移入したくなかったことが一つ。それに戦っていた時間の半分は遊撃、残りはハイジとのタッグを組んでの戦闘だったため、どちらがどんな将を斃したのか、あたしには観察するだけの余裕がなかったのだ。
対して、はっきりと「自分ではない」と言えてしまうハイジは、つまりあの混戦の中でも相手を観察する余裕があったわけだ。
実力を認められたとはいえ、まだまだハイジとの差は大きいようだ。
この戦であたしが殺した精兵は三十人ほど。無力化した弱卒なら百人は下らないはずだ。その中に、敵の主将が含まれていたかはわからない。
ハイジはおそらく精兵だけでも五十人は殺したはずだ。弱卒を入れると数はわからない。もはやライヒ軍に戦争を続ける余裕はないはずだ。
当然ながら、この戦の英雄はハイジである。
が、対外的に、ライヒ領に英雄クラスの精兵がハイジしかいないと思われるのはあまり宜しくない……というわけで、あたしも引っ張り出されることになった。
(勘弁して)
正直、そういうのは苦手である。あたしは必死に抵抗した。
しかし、いつの間にやら外堀が埋められていた––––オルヴィネリ伯爵領のサーヤ姫から直々に勲章が届いていたのだ。
ミッラ曰く、同じ『はぐれ』の女性が戦功を上げたことを、オルヴィネリの次期伯爵夫人は大いに喜んだそうだ。
「マジですか」
「マジよ」
あたしはがっくりと項垂れた。
これでは諦めざるを得ない。
(くそぅ、サーヤのやつ……!)
(一体どうしてくれようか……!)
サーヤから勲章をもらうと知ったらどんな顔をするかとハイジに報告してみたが、特に思うところがなかったのか、いつもどおりに「そうか」とそっけない返事が返ってきた。
命がけで姫を守る騎士を気取ってるくせに、ドライなことだ。
* * *
ライヒ伯爵からの招聘で、あたしは初めてエイヒムの奥に聳えるお城を訪れることが決まった。
戦争が終わり、お祭りムードのエイヒムで、あたしはさっさと身支度をして森へ帰る準備を進めていたが、ミッラから「絶対に帰るな」との厳命が下った。
「あのね、リンちゃん。あなた、ハイジさんが戦争が終わって森に帰っちゃった時に、あんなに怒ってたくせに、もう忘れちゃったの?」
「……ありましたね、そんなこと」
「ハイジさんもこれまで何度も受勲を放り出して帰っちゃって……いくら言っても言うことを聞いてくれないし、これでリンちゃんにまで逃げられたら、ギルドの立場がないわ」
「そこは、ほら、弟子は師匠に似るってことで一つ」
あたしが言うと、ミッラにガシッと腕を掴まれた。
「……逃さないわよ」
ニヤリと挑戦的に笑うミッラだった。
「逃げるならあたしを倒してから逃げなさい!」
「は、はぁっ?!」
実際のところ振りほどくのは簡単だ。しかしあたしはミッラには一度とんでもないことをしでかしてるわけで、あたしがそれを負い目に感じていることを、ミッラはよくわかっているのだろう。それを利用して––––というよりは、その負い目を忘れさせてくれようとしているのだろう。
人の親切を無下にするのは苦手だ。
あたしは降参した。
「ミッラには敵わないわね。わかった。大人しく言うことをききます。逃げません。伯爵からの招聘に応じます。––––これでいい?」
「よろしい。では、明日の正午から受勲式だから、朝のうちにギルドに来て頂戴ね」
「……了解」
うんざりとため息を吐きつつ、あたしはミッラの言う通りにすることにした。
* * *
しかし、ハイジは頑として付いてこようとしなかった。
ギルドの酒場で、珍しく二人で食事中、あたしはハイジに「一緒に行こう」と強く誘った。
このままではあたし一人がお城まで行くことになる。何としてもハイジも引っ張り出して巻き添えにしたい。
一蓮托生である。
ハイジは匙を口に運ぶ手を止めもせずに「一人で行け」と冷たく言い放った。
あたしは憮然とした。
「いやいやいや、ハイジも勲章が届いてるでしょうに」
「いらん。犬にでも食わせておけ」
「どういう言い草!?」
なにやらハイジ的には、勲章そのものが好ましいものではないらしい。理由はわからないが、これまでも一度もきちんと受け取ったことはないという。
でも、ギルド内でその発言はあまりよろしくないんじゃないだろうか。
それに、ハイジに会いたがっていたサーヤのことを考えると、やはり引っ張り出してやりたいところだ。これは何もあたしのわがままだけではない。
「もー……ハイジはわがままなんだから。お城に行けば、もしかすると姫さまに会えるかもしれないわよ?」
「いらん」
「いらん、って……そんな言い方ないでしょうが」
「前から気になっていたんだが……リン、お前何か誤解をしていないか?」
ハイジが不機嫌そうにあたしを睨む。
(何が誤解よ、未だに姫さまのことが忘れられずにぐずぐずしてるくせに)
(こういうところ、結構女々しいやつだからな、バカハイジめ)
ちょっとイラッとしたあたしは、立ち上がってハイジを相手に魔力をぶつけて威圧した。
「……あたしにはいつも言うことをきけと命令するくせに、あんたは惚れた女が怖くて逃げ出すの?」
あたしが言うと、ハイジもゆっくりと立ち上がり、眉間の皺を深くして、あたしを睨んで威圧してきた。
「なんだ、その惚れた女ってのは」
ハイジから濃密な殺気が立ち上る。
グニャリ、とハイジの周りの空間が歪んだ。
おそらくあたしの周りも同じように見えていることだろう。
「前々から言いたかったんだけど、この際だから言わせてもらうわ。ハイジ、姫さまが絡むとちょっと女々しいわよ」
「何を言ってるかわからんな。誰から聞いたか知らんが、くだらん噂を真に受けるな」
お互い睨み合いながら、殺気をぶつけ合った。
髪が逆立つ。周りの空気がチリ、チリと弾け始める。
机の上の食器がビリビリと振動し始める。
辺りの床やテーブルがパキ、パキ、と音を立て始める。
近くで「バタン」と何かが倒れる音がした。
––––殺気に当てられたミッラが白目を剥いて気絶していた。
「あわわわわわわ」
あたしは慌てて駆け寄って、ミッラを介抱した。
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