何だか知らないが、いつの間にかあたしは勝手に祭り上げられて、大変迷惑な思いをさせられている。


 昨日の儀礼戦は法螺貝が鳴ってほんの一時間ほどで敵は敗走、ライヒ軍の圧倒的な勝利に終わった。

 しかし白旗が上げられたわけではないので、戦争はまだ継続中なのだそうだ。


 あたしはと言えば––––注目されるのが嫌で気配を消してコソコソ隠れていたのに、気配察知できる軍人に見つかって連行された。

 あたしが一体何をしたのだと訴えるも、壇上に上げられ、皆の注目を浴びることになった。目立つところに立たされるのも迷惑なのだが、それ以上に迷惑だったのが、その呼び方だった。


 ––––黒山羊!

 ––––麗しの戦乙女!

 ––––黒髪の戦乙女!!


 …………いいかげんにしろ。

『黒山羊』は今更だとして、何なんだその『黒髪の戦乙女』ってのは。初めは馬鹿にされてるのかと思ったぞ。

 

(もうこの戦に参加するのはやめておこうかしら)


 そう思ったとしても無理はないと思う。

 しかし、ハイジは「神輿になるくらいで戦に勝てるならいくらでもなってみせる」と言っていた。ならば、あたしもあたしの存在が味方の士気を高めるなら、名前くらいいくらでも使えばいいとそう開き直ることにした。

 壇上で、ハイジと一緒に皆に手を降ったりして慣れぬ愛想を振りまく。

 ただのやけくそだった。

 

 

 * * *

  


「これで我が軍の勝利はますます揺るぎないものになりましたな」


 壇上から降りると、何とかいうお偉様がニコニコしながらやってきて、そんなことを言った。


「はぁ」


 正直、他の返事が思いつかなかった。

 これではハイジのことをコミュ障と罵ることもできない。


 儀礼戦はこちらの圧勝で終わったが、次からはそうは行かない。すでに賽は投げられた。ここからは何でもありの混戦だ。

 まるで戦争が終わったかのような戦勝ムードだが、忘れてはいけない、今はまだ戦時であり、こうしている間にも敵が街を襲っているかもしれないのだ。


「油断しないで。まだ終わっていない」


 とあたしが言うと、皆は


「戦乙女の言う通りだ! 皆、油断せずに行こう!」

「ああ、最後まで気を抜くな!」


 などと気勢を上げている。

 いい加減、頭が痛くなってきた。


「ハイジ、あなたの気持ちが少しわかったわ」

「……」


 ハイジは苦々しく頷く。


「ペトラやヘルマンニもこんなふうだったの?」

「……ヘルマンニは後方支援だから違ったが、ペトラはそうだった」

「へぇ……街へ帰ったらペトラに聞いてみようかな」

「やめておけ。間違いなく嫌がられるぞ。……一応教えておくと、お前の呼ばれている––––『戦乙女』か。あれは、元はペトラの呼称だ」

「そうなの?!」

「ああ。お前はペトラの再来だと思われているようだぞ」

「……」


 聞けば、ペトラは昔、傭兵たちのアイドル的な存在だったらしい。

 当時からグラマーで気風の良いペトラは男たちにモテてモテて仕方なかったとのこと。


「じゃあ、あたしもモテモテになるのかな」


 ちらりとハイジを見る。


「どうだろうな、お前では難しかろう」


 どういう意味だ。


「ペトラは、夜になると兵士たちを鼓舞するために、歌を歌うんだ」

「へぇ……ペトラって歌が上手いんだ」

「ああ。歌手顔負けだぞ。言い寄る男も多かった。……ヘルマンニもアタックしていたな」

「ヘルマンニが!? ペトラに?!」

「寄った勢いで抱きついて、一秒で伸されていたがな」

「何やってんのよヘルマンニ……」

「……お前も歌うか?」


 モテモテになれるぞ、とハイジ。

 モテモテにになりたくないわ、とあたし。


「まぁ、もう遅いかもしれんがな」


 もう十分人気者だからな、とハイジは言う。


「さっきモテモテは無理って言ったじゃない。いや、なりたいわけじゃないんだけど」

「モテるかどうかは別として、人気者ではあるだろう」

「どうせ女性的魅力には欠けますよ」


 ちょっと拗ねてみせると、ハイジは「そういうことじゃない」と言う。


「お前の場合……ちょっと怖がられてるからな」

「…………え」

「お前の「加速」と「伸長」は、はたから見ると不気味だからな」

「ぶ、不気味……」


 ちょっとショックだ。


「だが、皆がお前を見て勇気を持てているのは間違いない。誇れ」

「なんだか嫌だなぁ……」


 役には立ちたいけれど、目立ちたくない、と言うと、ハイジは「諦めろ」と言って笑った。


 そう言えば。


「ハイジって、戦場だと意外と饒舌なのね」

「……そうか?」

「うん、森だとあんなに無口なのに」

「……自分ではよくわからんが、こんな俺でも高揚しているのかもしれん」

「……どっちのハイジでもいいわよ、あたしは」

「そうか」


 こうして戦地での夜は更けていく。

 沢山の人が死んでいった日でも、星空は変わらず美しかった。



 * * *

 


「逃げろ!! 『黒山羊』だ!!」

「引け! 引けッ!」


 混戦の中、怒号があちこちで響き渡る。

 どうやらあたしとハイジのタッグは、最大の危険要因として敵にマークされているようだ。

 敵兵たちがあたしの存在に気づき、慌てて逃げ惑う。司令官や腕の良い戦士でないのなら、慌てて追う必要はない。しかし、中にはそれなりに驚異になりうる敵も混じっている。

 逃しはしない。


「おい! あれって『黒山羊』じゃないか!?」

「『番犬』もいるぞ!」

「逃げろ! 勝てっこねぇ!!」

「逃げるな! あの二人を打ち取れば、出世だって思いのままだぞ!!」

「バカッ! いいから逃げろッ!!」

「いいや、俺はやる! 腕には覚えがあるんだ、やってやる!!!」


(あらそう?)


 あたしは一瞬で接敵し、即座に切り捨てる。


(十七人目)


「急に現れたぞ!?」

「一体どこから!?」


(心配しなくてもあなた達は殺す必要がないわ)


 おたおたと逃げ惑う男たちの腕を、あたしは次々と斬っていく。

 戦う能力のなさそうな兵には、せいぜいハーゲンベック軍のお荷物になってもらおう。その分、重装備な地位のありそうな男を屠る。


(十八人目)


 その瞬間、あたしに迫る数十本もの矢が気配探知に引っかかった。


(とうとうあたしを狙い撃ちってわけね)


 あたしは加速してそれを避け、ヒュ、と崖に取り付く。

 二本の足で崖に斜めに立つあたしを見て、敵の兵たちが恐慌状態に陥った。


「化け物……ッ!」

「山羊だ……」

「黒山羊……!」


(うるさいな)


 無視して辺りを見回すと、ハイジの近くだけ敵がいなかった。死体はゴロゴロ転がっているが、敵は遠巻きにして誰もかかっていく様子はない。

 ハイジはあたしほど甘くない。戦争に出るのだから、命をかけるのは当然と考えているからだ。敵の強弱は無関係に皆殺しである。


(というか、強弱でいえば、ハイジにとっては全員弱卒だからなぁ)


 あたしはまたも迫る矢を避け、弓兵たちに迫り、切り捨てる。


(十九、二十、二十一人)


「な、なんだ、何なんだ、お前は……!」


 弓兵にあたしを射るように命令していた司令官らしきものは、震えながらあたしを見て睨みつけた。


(『黒山羊」よ)


 睨み合うような遊びは無用だ。あたしは躊躇なくその首を切り落とした。


(間違えても『麗しの戦乙女』はないわ。勘弁して)

(『黒山羊』のほうがまだマシ……二十二人目!)


 見れば、敵はもはや戦う力も意志もなく、ただただ逃げ惑うばかりだった。

 あたしは矢が飛び交う中、ハイジへ向かって歩いていく。


「どうだった? ハイジ」

「お前が言う精兵かどうかはわからんが、それなりの兵はだいたい斃した」

「そう、でも敵はまだまだやる気みたいだけど」

「では、もうひと頑張りするしかないな」

「負けてられないわね。あたしも行く」


 ハイジが走り出し、続いてあたしも後を追う。

 

 敵の兵約千名のうち、曲がりなりにも戦えるだけの力を持っているのは二割にも満たないという。

 ということは、精兵を二百名倒せば、もう戦争は起こせないということだ。

 ––––殺せば殺すほど戦争がなくなるというのは何とも皮肉な話だった。

 だが、敵は侵略者なのだ。

 倒さねばならない。


「あと百名も殺せば、敵は無力になるわね」

「……人の死は簡単に数えるもんじゃないぞ」

「侵略者なのよ? 子どもたちや町の人達のためにも、あたしは殺すわ」

「そうか」

「ハイジも、姫様を守るんでしょう?」


 あたしが言うと、ハイジはギラリと獰猛に笑って、


「関係ない」


 そう言って、敵の首を三つ同時に斬り飛ばした。


(あたしから見ても化け物ね)

(そうは言っても、敵からしたらあたしも似たようなもんか)


 あたしは十分に戦える。

 敵にハイジのような化け物がいない限り、まだまだ戦える。


 ハイジの隣に立ち続ける。

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