戦地までの移動は、四頭立ての軍用荷馬車だった。


 トナカイではなく軍馬が牽くバカでかい荷馬車に傭兵たちが乗り込み、戦地までの道のりの途中途中で兵を拾う。

 エイヒム発、戦地行き。途中で拾うのは全て傭兵と義従兵だ。ライヒとオルヴィネリの正規軍はすでに戦地にいるらしい。

 ガヤガヤと乗り込んでくる兵たちは皆いかにも荒くれ者といった風情で、あまり紳士的な振る舞いが期待できそうもない。あたしはなるべく端っこに小さく座って気配を消した。

 

 意外だったのは、戦争と言っても元の世界で見るような国全体を巻き込むようなものではなく、まずは日時を示し合わせて、ほら貝の音とともに一斉に戦うというだったことだ。

 つまり、普通に考えれば人数が多いほうが勝つ。

 今回の場合、リヒテンベルクの参戦で、敵のほうが五割ほど数が多い。つまりライヒ方のほうが不利だということになる。

 しかし、見る限り兵達に悲壮感はない。会話を盗み聞く限りだと、どうやら練度も士気も、そして指揮官の質も段違いにライヒ軍のほうが上だという。

『戦争屋』とも揶揄されるリヒテンベルクの存在が不気味ではあるが、斥候からの情報によれば、リヒテンベルクの役割は武器や軍事資金の供給が主で、派兵はごく少数だという。曰く、ライヒがターゲットなのではなく、むしろハーゲンベックを食い物にするつもりだろう、とのことである。


(元の世界も平和とは言い難かったけれど、どこの世界も世知辛いなぁ)


 まぁいい。自分のするべきことは変わらない。

 ともあれ、どこから襲ってくるかわからないような戦争よりはよほどマシだと言える。

 エイヒムの街は深い森に囲まれているのでそう簡単に攻略できるものではないが、それでも混戦となれば、町の人達への被害は避けられない。

 

 ガタゴトと馬車に揺らされながら、あたしは戦いに意識を集中させる。

 

 途中で拾われる傭兵たちは、だいたいが練度の低い駆け出し冒険者程度の男たちで、数合わせの意味合いが深そうだ。

 

(こんな連中で戦争に勝てるのだろうか)


 ちょっとだけ不安になった。

 

 

 * * *

 

 

「おっ? 何だ、女がいるぞ」


 同乗者の一人があたしを見つけて、意外そうに声を上げた。

 

(あ、しまった)

 

 よそ事を考えていたせいか、気配遮断が緩んでいたようだ。

 しかたなく、気配遮断を解くと、辺りがざわついた。

 

「おおっ? 本当だ」

「娼婦か?」

「違うんじゃねぇか? えらく細っこいぜ?」

「儀礼戦に娼婦が来るわけねぇだろ」


 よほど女の傭兵が珍しいらしい。

 男たちは下世話な噂話に花を咲かせ始めた。


(不快だけど、実害がないなら放っておくか)


 あたしは無視して、万一に備えて気配探知を広げ、体力温存のために目を閉じた。

 

 しばらく男たちは武勇伝やら女の話やらに花を咲かせていたが、よほどあたしのことが気になるのか、そのうちに「一発いくらか訊いてみようぜ」という話が持ち上がった。

 しかし、一人の男が慌てたようにそれを止めた。


「おいっ! バカ! やめとけ!」


 ちらりと覗き見ると、見覚えのあるエイヒムの傭兵だった。


(ほっときゃいいか)


 あたしはまた目を閉じた。


「なんだよ?」

「そいつ『重騎兵』のところの二つ名持ちだぞ!」

「はぁ? 二つ名持ち?」

「冗談だろ?」

「こんな細っこい娘っ子がか?」

「『重騎兵』なら知ってるぜ? 俺たちよりでっかい巨漢の女だって話だ」

「どえらく強くて、男顔負けだったって話だぜ」

「ただの噂だろ? だって女だぜ? そいつも大方、娼婦だったんじゃねえの?」

「バカ! 本当にやめとけって! 隣にいるのが誰かわかんねぇのか!」


 男たちがピタリと黙った。

 ずっと気配を消していたハイジが、気配遮断を解いて、彼らをちらりと見たからだ。

 

「ば、番犬……!」

「いつの間に……!」


 ハイジは殺気を出したわけでも、睨んだわけでもなく、ただちらりと見ただけ……しかし、男たちは一斉に固まって、脂汗を流し始める。

 男たちを窘めた男がため息まじりに言った。

 

「最初っから居たぜ? つまり、お前らはその程度だってことだ……言っておくと、そこの嬢ちゃんも只者じゃねぇからな?」


 周りがあたしにちょっかいをかける気がないとわかって、ハイジはまた気配遮断をかける。すぅっと存在感が希薄になる。慣れたあたしにはあまり変化がわからないが、固まって脂汗をかいていた男たちがほっと息を吐いた。

 ハイジはどうやら目立ちたくないから気配遮断しているわけではなく、自分がいるだけで周りが気疲れするのを避けていたらしい。

 

(相変わらず気遣いが分かりづらい男だこと)


 あたしはちょっとだけ愉快な気持ちになって、同じく気配遮断をかけようとしたが、残念ながらその前に声をかけられてしまった。


「……そういや嬢ちゃんも二つ名持ちつったか。なんて二つ名だ?」

「……『黒山羊』よ」


 不本意ながらも正直に答えると、エイヒム以降で拾った兵達が首を傾げた。

 どうやらこの二つ名も、まだまだ街以外では知られていないらしい。

 できればこのまま知られずに終わりたい。


 だというのに、エイヒムの男たちが訳知り顔でさらなる話題を提供する。

 

「それな、エイヒムのヘルマンニが名付け親らしいぜ」

「エイヒムの……って『ラクーン』のヘルマンニか!」

「えぇ……『番犬』『重騎兵』、その上『ラクーン』かよ」

「さっきから英雄譚で聞くような名前ばっかりだなおい……嬢ちゃんあんた、一体何物だ?」

「何者でもないわ」

「お前らは知らんだろうが『黒山羊』のリンつったらエイヒムだとかなり有名だぞ」

「強いのか?」

「ああ強い。正直、敵じゃないことを神に祈りたい気分になるくらいには」

「そんなにか」


 あたしは『二つ名』が周知されていく過程を目の当たりにして、うんざりした。

 本当にこの世界のプライバシー意識はどうなっているのだ。


「まぁ、少なくともお前達より戦えるのは確かってことだ。しかも『番犬』までいる」

「幸先がいいな!」

「オレたちの勝利は約束されたようなもんだな!」

「そうだ! ハーゲンベックなんて目じゃねぇさ!」

「またあいつの支配はごめんだぜ!」


 男たちはあたしの存在に飽きたのか、これから始まる戦いについての話題に花を咲かせ始める。


(これから死ぬかもしれないってのに、のんきなものね)


 いや、もしかすると死ぬかもしれないからこそなのか。

 男たちは和気あいあいと勇ましく語り合っている。

 

 軍用荷馬車の乗り心地は良くない。むしろ劣悪と言っていい。

 しかし、戦いに備えて体力を温存しておきたい。

 もう同行者達があたしにちょっかいをかけてくる心配もないだろう。あたしはハイジにもたれかかって、一眠りすることにした。

 戦争なんて早く終わらせて、静かな森に帰りたいと思った。

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