#4
1
ヨキアムたちと何度かパーティを組んで遠征を体験したことで、みんなの階級も上がった。
あたしは無事五級に、ヤーコブは一級に昇級。その他の皆も初級とはいえ冒険者登録を済ませた。
これで、大人に頼らずともパーティが組める––––と思ったら、ヨキアムに止められた。
「いや、まだ当分は大人を連れて行くほうがいい」
「なぜ?」
「奴隷にするために子供を狙う盗賊とかもいるし、それに……」
「?」
「いや、ほらさ……、リンは……」
「……ああ」
なんだか言い辛そうにしてると思ったら、あたしが『はぐれ』だからか。
「別に気にしないから、ズバッと言ってくれればいいのに」
「いや、だってよ……「お前は『はぐれ』だから一人で行動するな」なんて言われても、いい気分はしないだろ?」
「別に。納得したらそのとおりにするし、しなきゃ好きにするもの」
「相変わらずドライだねぇ……。ま、リンなら大丈夫だと思うけど、子供を連れていくとなると、守りながらなっちゃうだろ?」
「なっちゃいますね」
「一人で戦うのと、誰かを守りながら戦うのでは、数倍の技量が必要なんだよ。人数で来られたらどうしようもないだろ」
「……そっかぁ」
ヨキアムの言うことも尤もだ。
仕方なくあたしは忠告を飲むことにして、ヨキアムかアルノーのどちらかに同行してもらうことに決めた。
最初の遠征移行ペトラとヘルマンニが同行することはなかったが、気にはかけてくれているようだ。
ありがたい。
* * *
他には、子どもたちの生活向上に務めた。
これには、ヨキアムとアルノーだけでなく、ギルドからはミッラが、あとはペトラや街の商店主なんかが手伝ってくれている。
大人たちは悪びれて
「浮浪者が減れば治安は良くなる。回り回って自分の得になるからな」
などと言っているが、どこまで本気やら。
まぁいい、やらない善よりやる偽善とも言うし、どちらでもいいことだ。大事なのは子どもたちがちゃんと食事ができることと、自分たちで自分の面倒が見られるように鍛え上げること。
例えば意外と正義感の強いヤーコブなら、将来小さな子どもが路上生活することを黙ってみていることは絶対にないはずだ。
なら、ヤーコブたちを鍛え上げることが、街の路上生活者全体の生活向上の早道となる。
ボランティア精神を発揮し始めた大人たちに餌付けされて、子どもたちは栄養状態が良くなった。
そのおかげか、動きにもキレが見え始めている。
はじめは軽く転がしただけで泥だらけになっていたのに、今は宙に放り投げても難なく着地できるまでになった。
まぁ、これは体が小さいからできる芸当でもある。
まだまだ成長期の子どもたちが大人になるまでに、大人の戦い方を学んでもらいたい。
* * *
意外だったのは、ニコが訓練に食らいついてきたことだ。
まだまだ戦闘技術は話にもならないが、目端が利くようになり、駆け出し冒険者としてなら、まぁまぁ優秀なくらいには動けるようになった。
体力にだけは自信があると言っていたのは嘘ではなかったようだ。
そこで冒険者登録を勧めてみたら、ニコは飛び上がって喜んだ。
現在はまだ初級。
味噌っかすではあるが、あたしとおそろいなのが嬉しいんだそうだ。
子どもたち(ニコも含む)は、まだあたしに一撃をいれることを諦めていないようだ。
打倒リン! 目指せ食い放題! と円陣を組んでいるのを見て、あたしは何が何でも当たってやるものかと心に決めた。
とはいえ、まだまだ子どもたち相手に、魔力や加速は必要ない。
それでも、ヤーコブが2級に上がる頃には、チートなしで全員を一斉に相手取るのは難しくなるだろう。
あたしも日々精進である。
* * *
朝の鍛錬が終われば、店の掃除である。
朝イチで格闘訓練なんて荒っぽいことをしているからか、掃除をし始めるとホッとする。
戦いという非日常から、人々の生活という日常へとスイッチするための大切な儀式みたいなものだ。
店内や、店の周りの道まで丁寧に掃除して、テーブルや看板なんかも綺麗に拭き掃除する。
ペトラは「そこまでしなくてもいい」と言っていたが、好きにやらせてもらっている。
掃除が終われば店を開ける準備。
テーブルから椅子を下ろし、きれいに並べたら、テーブルを拭く。
皿の山にかけておいた布を外して、灯りに油を足してやれば準備完了だ。
最近、包丁が多少使えるあたしは、ペトラの仕込みを少しだけ手伝わせてもらえるようになった。
ペトラの料理は豪快かつ繊細で、めちゃくちゃ美味しい。
あと、酒に合うように濃い味付けにしてある。
ハイジの料理はかなり薄味だったので、あれがこの世界の標準なのかと思っていたが、どうやら違ったようだ。
そのうちハイジにも作ってあげられたらいいなと思う。
昼には、冒険者たちの携帯食の販売のほか、串焼きなどの歩きながら食べられる軽食を売りまくる。
冬と違って、いろんな街から商人やら運び屋やら冒険者や軍人など、色んな人が集まってくる。
今となっては、この程度の忙しさは何ということもないけれど、この世界に来てすぐなら、とてもついていけなかっただろう。
昼の営業が終われば、休憩を兼ねて買い出しに出る。
時間があまれば、ニコに稽古をつける。
ニコはどんどん動きにキレが生まれて、短剣がわりの木刀を振るう時、ヒュッと風切り音までなるようになった。
「ニコ、剣を振る時は空いた手の方も意識して」
「うんっ! ……ヤッ!」
「剣を振った直後が一番隙が大きくなる。強者はそこを狙ってくるから意識して」
「わかった! ヤァーー!!」
まっすぐあたしの顔を狙った攻撃を延々と避け続ける。
訓練を始めた頃のニコは攻撃することにひどく躊躇していたのに、慣れとは恐ろしい。
格闘経験のない人が相手だったら、簡単に屠れるんじゃない? これ……。
「ねぇ、ニコはそんなに強くなってどうするの? いつか冒険者として生きていくつもり?」
「ううん、それは全然考えてないよ。ずっとペトラの店にいるって決めてるもん」
「なら、辛い訓練に付いてこなくても良かったんじゃないの?」
「……リンちゃんはあたしがいると邪魔?」
ニコが悲しそうな顔をするので、あたしは笑って否定した。
「そういう意味じゃないよ。まぁ、最初は正直邪魔だったけど」
「ひどぉい!」
「でも、今はニコと訓練するのは楽しいよ。それに、まさかこんなに強くなると思ってなかった」
「えっ! 強くなったかな、リンちゃんから見てもそう思う?」
「そりゃ、思うよ、びっくりしたもの」
まだまだだけどね、とニコの木刀をひょいひょいと避ける。
喜びのあまり攻撃が甘くなってる。
このまま甘い攻撃を仕掛けてくるなら一度放り投げてやろう。
「じゃ、何でまた格闘訓練なんて続けてるの」
「……リンちゃんが、ヤーコブのバカに言ってた言葉がかっこよかったから」
「ヤーコブに? ……ごめん、記憶にない」
最近、ニコはヤーコブと仲が良い。
仲が良くなるにつれ、ニコはヤーコブのことを「バカ」とか「アホ」と言うようになった。
普段、誰かのことを悪く言うことがないニコにしては珍しいが、それだけ打ち解けてるということなのだろう。
「ほら、女のくせに、ってヤーコブが言った時、お前は魔獣の性別を確認するのか? って」
「あー、言ったかもしれない」
懐かしい話が出てきたが、全て格闘訓練中の会話である。
ニコも息を乱さずに全力で動けるようになってきている。
「だから、あたしも強くなりたいって思ったんだ。だって、女って、男の子と比べたら弱いのが当たり前だと思ってたんだ、あたし」
「ふぅん……まぁ、ハイジもどんなに鍛えたところで究極的には女は男に勝てないって言ってるけどね」
それは事実だ。
実際、名を残した戦士のほぼ全てが男性なのも、男女差別的な理由だけではあるまい。生きることが命がけの厳しいこの世界で、元の世界みたいな男女平等を謳うのはバカのすることだ。
「それで、あたしリンちゃんみたいになりたいなぁ、って」
「ぶっ」
ニコとんでもないことを言い出した。
ヒュン、と眼の前を木剣が通り過ぎる。
(危なっ!!)
今のは危なかった。驚かされたせいで、避けきれずに木剣を喰らうところだった。
当たったら、大食漢のニコに食い放題をプレゼントする羽目になる……!
「あたしになんて憧れてどーすんの! 強い人ならハイジがいるし、ペトラもヘルマンニも、あたしなんかよりずっと強いんだよ! 第一、ニコが憧れるならペトラでしょうが!」
「えーっ! リンちゃんはわかってないっ!」
何故かニコが憤慨し始めた。
怒って、木剣をムキになりながら振り回している。
何が気に障ったのだろうか。
解せぬ。
* * *
「いらっしゃいませ! ようこそ! どうぞ奥へ!」
「いらっしゃいませーッ!!」
夜になると、店の営業本番だ。
ペトラの料理を目指して、街中の人間が押しかけてくる。
居酒屋風の接客が受けて、ペトラの店は今や大繁盛だ。
売上が上がりすぎて、ある日帳簿を見せたら、計算を間違えてるんじゃないかと疑われた。お金を積み上げて間違いでないことを証明してみせたら、あたしを抱き上げて喜んだ。あんなに喜ぶペトラは初めてだった。
まぁ、給金も上がって、良いことづくめだと思っておこう。
そしてニコは失敗が激減した。
前はわりとしょっちゅう皿を割ったり、何かをこぼしたりして叱られていたのだが、体のコントロールや、物事に対する「気の使い方」がわかってくれば、大抵のことは器用にこなせるようになる。
考える方は全然だめで、相変わらずのおバカさんだったが、それ以外ならものすごく有能である。これならどこへ行っても食いっぱぐれることはないだろうし、料理さえ覚えればペトラの跡継ぎになるのも夢ではないだろう。
そんなある日、ニコに邪魔されつつ帳簿を付けていると、夜食を持ってきたペトラに声をかけられた。
「ご苦労さん」
「大したことじゃないわ」
「売上が倍じゃ効かないくらいになったんだ。帳簿付けだって楽じゃないだろ」
「計算は得意だって言ったでしょ。あ、一つ頂きます」
ペトラの持ってきた、スパイスの効いた焼きっぱなしのケーキを摘み、一口かじる。
バターと擦り下ろしたナッツ、スパイスの香りが口いっぱいに広がる。
売上が上がったおかげで、おやつや夜食のグレードが何段階か上がって、あたしも万々歳である。
「あたしも」
ニコも手を出して一口。
「「おいしいー!」」
「そうかい」
「これ、本当に美味しいよ、お店で買ってきたみたい」
「オーブンの火を落とすついでだからね。大した手間じゃないよ。ところで、リン」
「はい?」
「このまま、街で過ごすつもりはないのかい?」
「……またですか?」
最近、やたらとこのまま街で過ごすことを薦められるようになった。
「そのつもりはないって言ったじゃない」
「正直、あんたがいてくれたほうが助かるんだよ。帳簿のこともそうだし、……客も喜ぶし」
「あたしも喜ぶよ! リンちゃん、ずっと一緒にいよう」
「ニコ……それじゃプロポーズだよ」
「プロポッ……ッ!?」
顔を真赤にして突っ伏すニコ。
はい一機撃墜。
「ペトラ、そう言ってくれるのは嬉しい。でも……」
あたしは「森に帰るわ」とはっきりと告げた。
「冬が赤字だからって言うなら、それは気にしなくていいんだよ」
「ありがとう。でも、これはあたしの問題だから」
「……ハイジのことが好きなのかい?」
「またそれ?」
あたしはため息を吐く。
もう何度否定してもわかってもらえないのだが、森に帰るのは本当に義理や恋慕のためではないのだ。
ただ……あそこがあたしの居るべき場所なのだ。
それだけなのだ。
あたしの答えが納得いかないのか、皆は疑いの目であたしを見るが、こちらとしても納得してもらおうとまでは思わない。
そのくらい森の生活はキツいのだ。皆の心配は当然のことと言える。
森へ帰らず、このまま街で生きることを薦めるのは、何もペトラだけではない。
ミッラやトゥーリッキなどのギルド職員たち、ヘルマンニをはじめ、ヨキアムやアルノーなどの冒険者たち。
買い出しに行けば、店主やその奥さんが、稽古を付けている子どもたちが、お客たちが、みなこぞってあたしを引き留めようとする。
あまりにしつこく何度も誘われるので、一度なぜそんなに引き止めるのか訊いてみたところ、どうやらこの世界における『はぐれ』の事情もあるらしい。
何度も聞かされた話になるが、『はぐれ』はだいたいこの世界において優秀であることが多く、偉大な功績を残したものも少なくないのだそうだ。
ただ、身体能力はたいていこの世界の人間と比べると劣るらしく、大抵の場合、保護者がいないと生きていけない。
だから、王族や貴族、有力な商人などに保護……といえば聞こえは良いが、要するに囲われて生きるのが普通で、さもなければ何かの拍子で死ぬことも多い。
あたしのように、街で普通に生活できる『はぐれ』はかなり珍しいのだ。
あたしは、偶々拾ってくれたのがハイジだったから、生きる術を手に入れた。
もはやあたしがこの世界で野垂れ死ぬことはまず無いだろう。
街で生きることを勧めてくれた皆にも、ハイジにも、あたしは心から感謝している。
* * *
休日には、パーティでの遠征がなくても、一人で森へ出ることにしている。
何度かニコが付いてきたが、あたしは森で何をするでもなく、ただ火をおこしてお茶を入れたり、ちょっとウサギを狩って食べたり、本を読んで過ごすだけだ。
好奇心旺盛なニコも、これはさすがに退屈だったらしく「休みの日くらいは一人の時間を大事にしてね」などと言って、付いてこなくなった。
ちょっと寂しい気もしたが、意見はごもっとも。
一人になると、寂しの森のことを想う。
あの森の冷たい空気が恋しい。
森の孤独な匂いも、青ざめた雪原も、窓から見える寒々しい風景も、目が合えば襲ってくる魔獣たちでさえも、全てが愛しい。
この街の温かさも愛しく感じるが、自分の生きる場所はあの森なのだ、と強く感じるのだ。
きっと『はぐれ』るときに、自分に一番必要な場所に置かれたのだろう。
つまり、ハイジのいるあの森に。
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