18 : Hermanni
ギルドで飲んでたら、受付でヨキアムとアルノーが、リッカと何やら話し合っていた。
別に聞き耳を立ててるつもりはなかったが「リン」という言葉が耳に入ったので、盗み聞くことにした。
ハイジからリンのことを気にかけておくように頼まれていたからな。
何でも、ハイジのかわりに街の浮浪児どもを鍛えてるリンが、討伐依頼を受けるためにパーティを結成したいんだそうだ。
ヨキアムたちはその手伝いをするらしい。
なんだか面白そうなことしてやがんなぁ。
俺も混ぜろ!
「あ、ヘルマンニさん」
「どうしました?」
以前、こいつらがまだ駆け出しの頃に、
それからというもの、こいつらは俺に頭が上がらねぇのさ。
「その話、もう少しちゃんと聞かせろ」
「その話?」
「リンとパーティを組むんだって?」
「……立ち聞きですか?」
「あまり褒められたことじゃないですよ」
「るっせぇな! たまたま聞こえたんだよ!」
良いから話せ! と言うと、二人は渋々と事情を説明した。
「––––そっか。リンがなぁ」
「ギルドとしても、子どもたちの状況はあまり嬉しくないみたいで」
「まぁ俺たちも、貢献度を上げるためにも、ちょっと助けてやろうかなと」
……相変わらずのお人好しどもめ。
よし。
「それ、俺も混ぜろ」
「えっ!」
「ヘルマンニさんが来るんですか?」
「ヘルマンニさん、冒険者じゃないでしょう」
「何言ってやがる。傭兵なんてやってりゃ、森林行軍なんて当たり前だっての! お前らだって犬っころに囲まれてた時に助けてやったじゃねえか」
「いつの話ですか」
「あれは、まだ駆け出しだったから……」
「それに、リンは知らねぇ仲じゃねぇんだ。ほら、あれだ、やっぱり心配だろ?」
俺はやさしいからよ、と言うと、みんな苦笑する。
何だよ、なんか文句でもあるってか?
「……嘘でしょ? ヘルマンニさん……それに、リンちゃんはかなり強いから大丈夫ですよ」
「子供の引率に酔っぱらいを連れて行くわけにもいかないですし」
なんだとぅ?!
「よぉーしわかった! そこまで言うなら仕方ねぇ。俺は今日からその日まで酒を抜くぜ」
「ええっ!」
「ヘルマンニさんが酒を抜く?!」
「おい……それがそんなに一大事か?」
失礼な奴らだが、とにかく約束は取り付けた。
よし、リンに良いところを見せてやるぜ!
……と思ったら、待ち合わせ場所にはペトラまでいやがった。
こいつがいると、俺が活躍する場が無くなっちまいそうなんだよなぁ……。
「なんだい、あたしに文句でもあるのかい?」
などといって凄んでくるが、まぁ戦力は多いほうがいい。
ペトラがいるならガキどもの安全は約束されたようなもんだし、おれはそれだけ自由に動けるってもんだ。
それに、こいつと行動を共にするなんて、もう十五年ぶりくらいだしな。
* * *
ガキどもは想像以上にド素人だった。
ヤーコブってガキだけはまだマシな面構えをしてやがるが……なんだこのニコってのは。
こいつ、あれだろ? ペトラんところで給仕してるやつだろ?
「おい、ペトラ。良いのかよ、ド素人の従業員を討伐隊に混ぜちまって。遠足じゃねぇんだぞ?」
こっそりペトラに声をかけると、ペトラはニヤッと笑ってみせた。
「舐めんじゃないよ、ヘルマンニ。ニコはまだまだ経験不足だけど、才能も根性もある。化けるよ」
「へぇ、そうなのか。お前が褒めるなんて相当じゃねぇか」
「まぁ……リンほどじゃないけどね」
「そりゃそうだ」
あれは反則だ。
なんたって、ハイジの本気のしごきに平気な顔をして着いていくようなヤツだからな。
さすがに今はまだ遅れをとる気はないが……。
「まぁ、リンには追い抜かれるのも時間の問題さね」
「……だな」
どうせあっという間にはるか先まで行っちまうんだろう。
あの頃のハイジのように。
* * *
それにしても退屈な依頼だった。
たまにウサ公を見かけるものの、魔獣の類が全然いない。
久しぶりに『遠見』を使ってみるが、森は平穏そのものだ。
「もうちょっと奥に行かねぇか? これじゃあピクニックと変わらねぇ」
「違いないね」
ペトラと組んでサクサク進むが、途中で何度もリンに注意される。
子どもたちが付いて来れないって?
冒険者ならそこは頑張れよ!
* * *
あまりに暇だったので、ちょっと犬っころでも集めてやろうと遠吠えを聞かせてやったら、ペトラのやつにぶん殴られた。
お前だって退屈だって言ってたじゃねぇか。相変わらず硬い拳骨だぜ……。
そして、ようやく斬りごたえのありそうな連中がやってくる。
できるだけ俺たちを避けながら、ガキどもを狙ってやがる。
ま、そうなるわな。
リンが「子どもたちの勉強にならない」と言ってたので、あまりしゃしゃり出ずに、子供らを狙っている二匹はリンたちに任せ、俺とペトラは左右に散会。一匹ずつ犬ころを仕留める。残り一匹はヨキアムとアルノーにまかせておけば、まぁ大丈夫だろう。
簡単すぎる仕事にあくびが出そうだったが、そこで度肝を抜かれる光景を見た。
「な、なんじゃありゃあ……」
リンが、突然消えたかと思うと、犬っころの首を撥ねていた。
「……このオレが見失うだと……?!」
と思ったら、次はいきなり空中に現れて、犬っころの四肢の健を器用に切断してやがる!
まさに文字通り、目にも止まらない早業だった。
「ヤーコブ! 自分でやれ!」
リンが何やら叫んでいるが、オレはそれどころじゃなかった。
(おいおいおいおい?! 今、リンのやつ空中で止まってなかったか?!)
どんなカラクリだよ!
いや、今はそれどころじゃねぇ。危なっかしい状況だ。ヤーコブってガキはブルってまともに剣を振れてねぇ。
手負いの魔獣は、たとえ動きは鈍くても死にものぐるいだから怖いんだぞ。
仕方ねぇから助けてやるかと思ったら、リンがこつ然と消え、––––犬っころに追いついて、たたっ斬ってやがった!
(嘘だろ?! 走る狼に
そして、一番度肝を抜かれたのが、その後だ。
リンのやつは、立ち木に着地したかと思ったら––––そのままほとんど水平に張り付いたまま、周りを見渡しやがった!
「に、人間の動きじゃねぇ……!」
目で追えないスピードで動けるやつはいる。魔物なら珍しくもねぇ。
しかし、空中で立ち止まったり、地面に水平に立ってられるってのは、一体全体どういう現象だ?
身体能力の問題じゃねぇ!
ハイジは、一体何をみ出したんだ……!?
……リンは『はぐれ』なんだ。オレたちとは生きる
それはまるで違う生き物のようで……。
* * *
険しい山に行くと、のんびりと草を食んでる、羊に似た草食動物だ。
あいつらは細っこい体をしてて、魔獣に襲われた時に身を守る武器もねぇ。
一応角はあるが、魔獣相手にあんなもん何の役にも立たねぇ。飾りみたいなもんだ。
だから、なんであんな弱っちい生き物が、絶滅もせずに魔獣だらけの山で生きていられるのか、俺はずっと不思議だった。
だが、あいつらはヤバい。
何がヤバいって、あんな華奢な体格のくせして、ほとんど垂直みたいな崖でもひょいひょい登っていくんだ。
狭い谷とかだと、壁から壁へと飛び移りながら、あっという間に登っていく。
まるで重力なんて無いみたいな動きなんだよ。
魔獣なんてものともしねぇんだ。
それを知った俺は、畏怖とともに山羊への認識を改めた。
山羊は、崖の王なんだよ。
だから、魔獣と戦うリンを見て、俺は思ったね。
ざんばらな黒髪。黒い目。華奢な体躯。人間の想像の及ばない動き。
もしかしてこいつは、人じゃなくて山羊なんじゃないか、ってな。
だからさ。
思わず口に出して呟いちまったんだ。
「……黒山羊だ」
ってな。
* * *
傭兵にせよ冒険者にせよ『戦う者』には秘密がある。
かく言う俺にもある。ペトラのやつにもだ。
ハイジほどではなくとも、オレもペトラも、この国ではかなり強い部類に入る自負はある。
でも、俺は強さの秘密を誰かに軽々しく漏らしたりしねぇ。
戦う者には戦うものの流儀、ルールがある。
つまり、人の秘密に顔を突っ込まないってことだ。
俺とペトラ、それにヨキアムとアルノーは、犬どもとの戦いの後、リンに対する疑問をぐっと飲み込んで、何事もなかったようにそのまま遠征を終えた。
即席パーティは、随分面白い体験をさせてくれたと思うぜ。
でも、何となくモヤモヤが残るんだ。
なぜって、ただの無愛想なガキだと思ってたリンのことを、おれは少しだけ––––『怖い』と思っちまったんだ。
あんなチビで細っこい娘っ子をだぜ?
街へ帰って、ギルドで皆と別れたあと、俺はペトラの店に足を運んだ。
リンと、ニコってガキが寝静まってから、俺とペトラは一杯引っ掛ける。
昔は戦場でよく飲み明かしたもんだが……こいつと飲むのは久しぶりだった。
「なぁ……アレって何だったんだ?」
「リンかい? ……さあね、アンタだってわかってんだろ? あまり詮索するもんじゃないよ」
「ああ、もちろん、根掘り葉掘り聞こうだなんて気はさらさらねぇさ」
ぐっとグラスを煽る。
強い酒だが、さすがペトラの見立てだ。なかなかいい酒だ。旨い。
「俺はまだ『戦う男』でいたいからな。ルールを破るつもりはねぇよ」
「そうかい」
ペトラは肩をすくめて「じゃあもうちょっと酒を控えるんだね」などと言いながらグラスを煽った。
こいつは俺以上のザルだから、いい酒がもったいなくなるような飲みっぷりだ。
「でもよぅ……さすがにアレは気にならねぇというと嘘になるだろ」
「……ふん」
「お前も見ただろ。何なんだ? あの動きは。狼を先回りするわ、宙には浮かぶわ、地面に水平に立つわ、どう考えてもおかしいだろ」
「……まぁね」
グラスが空になったので、注ぎあってから、何度目かの乾杯。
「なぁ、お前はどう思う? あれって、人間にできるもんなのか?」
「そう言えばアンタ、リンを見て『黒山羊』とか言ってたね」
ペトラがくすくす笑う。
こんだけまるまる太ったくせに、相変わらず色っぺぇなぁ、こいつ……。
もう大昔のことだが、こいつに惚れて言い寄ったらぶん殴られたんだよな。
クソっ、嫌なことを思い出しちまったじゃねぇか。
「でも、アタシが見た限りは、一応は人間の動きだったよ」
「えぇ……そうかぁ?」
「宙に浮くつったって、落ちてくるのが一瞬遅くなってるだけだし、地面に水平に張り付くたって、着地した体勢はアタシたちと変わりはなかったよ。ただ、そこから落ち始めるのが遅いってだけで」
「それが異常なんだっつってんだろうが」
「そんなに気になるかい?」
「……リンのことは、ハイジに頼まれてるからな」
「そういやそんなこと言ってたね。……アタシも頼まれたよ。あいつに何か頼まれるなんて珍しかったから、思わず引き受けちまった」
そう言って、ペトラはケラケラと笑う。
「まぁ、何にせよ、どうでもいいことさ。リンは、リンだ」
「そりゃあよぅ……俺だって別にリンのことを化け物扱いしたいわけじゃねぇんだけどよ……ペトラ」
「なんだい?」
「やっぱり、リンが『はぐれ』だからなのか? 『はぐれ』はやっぱり、俺達とは違う生き物なのか?」
「知らないね!」
きっぱりとペトラが言う。
「どっちでも良いことさ! アタシにとっては、あの子が人だろうが『はぐれ』だろうが、たとえ黒山羊だったとしても」
「だったとしても?」
「うちの看板娘さね!」
「……ちげぇねえ!」
ペトラらしい言い分に、俺は少し気分が良くなった。
「それに、リンにはほれ、アレがついてるからさ」
「アレってなんだよ?」
「『番犬』さね」
「ああ……その二つ名……懐かしいな。あいつは嫌ってるようだけど」
「あいつががついてる限り、リンは妙なことにはならないだろうさ。あいつは今も昔も変わらない。昔はサーヤの、次にこのライヒ領の、そして今は、リンの番犬さ」
見た目は熊みたいだけどな、と俺達は笑う。
「ところで、あんたカパカパと景気よく飲んでるけど、ちゃんと金払いなよ」
「はぁっ!? 金取んのかよ?!」
「当たり前だろ?! どんだけいい酒だと思ってんだい! 今度はツケは効かないからね!!」
チクショウ、最後にとんでもないオチが待ってやがった!
=====
三章はこれで終わりです。
四章に入る前に、幕間が入ります。
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