17

 子どもが五人もいるパーティはかなり珍しいらしい。

 ヨキアムとアルノーが色々と気を配ってくれた。

 普通は子供一人に対して最低一人は大人を付けるものらしいが、あたしを子供扱いする必要がなければ、ちょうどいいとも言える。


 今回の目的はハーブ摘みではなく、害獣駆除である。

 街の近くには魔獣はいないので、慎重に森の奥へと進む。

 最初は張り切っていた子どもたち(ニコを含む)も、暗い森の雰囲気に飲まれて、だんだん緊張し始める。


「大丈夫、これだけ大人がいるんだから、万が一にも食われたりしないから」

「く、食われるとかいわないでよ、リンちゃん…‥」


 ニコがハの字眉の涙目になる。


「へっ! どうせこの辺にいるのなんて、野犬に毛が生えたくらいのもんだろ……角ウサギとか」


 ヤーコブはギルドで借りた短剣をぶんぶん振り回しながら強がりを吐く。

 動いてるジャッカロープを見たことはないはずなので、本当はビビっているはずだ。


 シモとヨセフはヨキアムとアルノーの後ろにピッタリと、おっかなびっくり着いていく。

 ヨキアムとアルノーは、さすが七級だけあって、森歩きに迷いがない。

 未だ魔獣には遭遇していないが、この足取りならこの辺の魔獣に遅れを取ることは無さそうだ。


 それより凄いのは、ペトラとヘルマンニだ。

 ふたりとも、さすがは歴戦の勇者。その足取りはどこかハイジを思い出させる。

 かなりのブランクがあるはずだが、それでもあたしやヨキアムたちよりもよほどしっかりしている。


「あちらに何かいるね」

「ありゃウサギだな。もうちょっと歯ごたえのある奴らがいると良いんだが……」


 二人とも当然のように魔力で気配探知を使ってくる。

 魔力を使いこなせるのは、数百人に一人という話だったから、やはりこの二人の実力は確かなのだろう。

 まぁ、ハイジとも古い付き合いのようだし、はじめから心配などしていない。

 ただ、ジャッカロープを獲物と思っていないあたり、ちょっと感覚がずれている。


「それにしても、メンバーが豪華すぎないか」

「あの二人がいるなら、俺たちいらないんじゃないの?」


 ヨキアムたちも笑いながら文句を言っている。

 でも、それは間違いなのである。


「ペトラもヘルマンニも、ちょっと実力差がありすぎて、子どもたちがついていけないから」

「……だよなぁ」


 英雄二人組は、ジャッカロープ程度は羽虫と同じといった感覚なので、もっと強い敵を求めて森の奥へずんずん突き進んでいくのだ。

 対して、子どもたちはだんだんへばり始めている。

 ニコなどは、「こんな奥まで来ちゃったら、街の結界が効かなくなっちゃう」とビビりまくっている。


「結界って何?」

「街には魔物が嫌がる匂いをつけてあるんだよ」

「へぇ……何も感じなかったけど」

「人間にはわからない匂いなんだって。だから街の周りは魔獣が少ないの」


 大した効果はないらしいけどね、とニコは言う。


 結局、これまで狩ったのはジャッカロープが数匹。

 発見と同時に駆け出していったペトラとヘルマンニが、あっという間に狩って戻ってくる。

 生皮を剥き、内蔵が剥かれた、血の滴る死にたてのジャッカロープを見て、ニコは「ウップ」となっている。


「ペトラ、ヘルマンニ。子どもたちの経験にならないから手加減して」

「ああ、そりゃ悪かったね」

「ふぅむ、じゃあ、ちょっと呼び寄せるか?」

「呼び寄せる?」

「こうやるのさ」


 ヘルマンニは、すぅっと息を吸うと、


「ワォオオオオオオオオオオオオオオオン!!!!!!!」


 と甲高い声を響かせた。


「「ちょ!?」」

「うわっ!」

「何?!」


 ヨキアムたちがギョッとして、信じられないという表情でヘルマンニを見た。

 声量に驚いた子どもたちが耳をふさぐ。

 あたしにも聞き覚えがある……マーナガルムの遠吠えだ。


「これでちょっとしたら、犬っころが集まってくるだろ」


 ヘルマンニが得意そうに鼻を掻くが、ペトラがヘルマンニの頭を思いっきりどついた。


「痛ぇなこの野郎! 何すんだ!」

「このアホ! 子どもたちがいるってのに、狼なんて呼び寄せてどうすんだい!」

「「「「狼?!」」」」


 ペトラが怒鳴ると、子どもたちが恐慌状態に陥った。


「え、狼? 来るの? ここに?」

「ど、どどどどうしよう……!」

「リンちゃぁん!」

「へっ、何が来たって、ぶっ殺すだけじゃねぇか」


 子どもたちが焦り始める。

 ヤーコブは平気ぶって大口を叩いているが、顔色までは隠せないようで、真っ青になっている。

 ペトラがヘルマンニをどやしつけている。


「相変わらずバカだね、この男は! 手に負えない数に囲まれたらどうやって子どもたちを守るんだい?!」

「こんな森の浅い場所に、んな群れがいるわけねぇだろ!」


 ペトラとヘルマンニが喧嘩をし始めるが、今はそういう状況ではない。


「はい、ふたりとも喧嘩はそこまで。子どもたちが怯えてる」


 見ると、子どもたちの顔は真っ青で、ニコに至ってはガタガタ震えている。

 ヨキアムとヨセフは苦笑していた。


「大丈夫、この辺にマーナガルムは四〜五匹しかいないよ。それにベテランの冒険者が付いてるんだから平気」

「そ、そうなんだ……」

「オレは怖くねぇぞ! かかってこいよ!」

「ヤーコブだって、魔獣と戦ったことないじゃん……」

「なんでそんなことがわかるの? リンちゃん」

「……慣れよ」


 適当な言い訳を返して、あたしは子どもたちの目の前で剣を抜いて見せた。

 初めてあたしが剣を抜くところを見た子どもたちが目を見開くが、今はどうでも良い。


「お、来た来た、ヘヘッ」

「来た来たじゃないよ、全く……」


 ヘルマンニとペトラも剣と手斧を抜き、遅れてヨキアムとヨセフも剣を抜いた。


 周囲に狼たちの気配が集まってくる。

 ちゃんとセオリー通りにあたしたちを狩る気満々だ。

 場に殺気が満ちていくのがわかる。

 たとえ弱くても魔獣なのだ。油断はできない。


「大丈夫だよ。キミたちはぼくらが守るから」

「でも、できれば目を瞑らずにちゃんと見ておくと良いかな。戦いを見るのも勉強だ」


 子どもたちを安心させるために、ヨキアムとヨセフがウィンクして見せ、剣を構えた。

 あたしも子どもたちの盾になるように構える。

 見たところ、特別ヤバそうな個体はいないようだ。

 どうやら先に子どもたちを狙うつもりらしい。

 陣形がじわじわと狭まってくる。


 そして––––戦闘開始!

 すでに極限まで伸長していた時間を開放し、あたしは矢のように飛び出した。


「リンっ!?」


 誰かがあたしを呼んだが、短縮された時間の中では人の声の判別は付きづらい。

 無視して、マーナガルムをまずは一匹屠った。

 血が飛び散る。そしてもう一匹が手が届く範囲にいる。

 あたしはあえて止めを刺さずに、四肢の健を傷つけるだけに留める。これで、動きが阻害されるはずだ。

 ヤーコブが相手するなら丁度いい。


「ヤーコブ! あとは自分でやれ!」

「ちょ、そ、そんないきなり……!」


 あたしが叫ぶと、ヤーコブは慌てて剣を振るった。

 残念ながら空振りだ。

 マーナガルムは四肢の傷のせいで素早くは動けないが、殺気は衰えない。

 すでに死を覚悟しているのかもしれないが、それでも目の前の獲物――小さな人間たちを殺す気でいる。

 特に、攻撃を失敗したヤーコブのことは絶対に食い殺すつもりだ。


 あたしは怒鳴った。


「魔獣は待たない! いつだっていきなりだ!」


 それを聞いたヤーコブはギリリを歯を食いしばった。

 マーナガルムが姿勢を低くして唸り声を上げる。飛びかかるつもりだ。

 ヤーコブの後ろで、ほかの三人の子供たちが悲鳴を上げた。


「さっき自分で『殺すだけ』って言ってただろ? あれは口だけか?! 実際にやってみせろ!」

「や、やってやるさ!」


 そしてマーナガルムの突進。

 ヤーコブは剣を振るうも、やはりヘタれてしまい、かすっただけで致命傷には程遠い。

 ヤーコブの後ろには子どもたちがいる。


(……チッ)


 加速。

 飛びかかったマーナガルムが子どもたちに届く前に首を切断し、そのまま白樺に着地する。

 そのまま張り付いて、高い位置から子どもたちの無事を確認する。


(すでに子どもたちには危険はなさそうね。大人たちにも怪我はない)


 安心したあたしは、白樺からヒョイと着地する。

 一瞬の出来事だったが、もう戦闘は終わっていた。


 何故か、放心状態の子どもたちだけでなく、大人たちも全員、目を見開いて驚愕の表情であたしを見つめていた。

 ポツリと、だれかが呟いた。


「……黒山羊だ」

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