魔力探知を身に付けたことで、狩りの効率がかなり上がった。

 フュッ! という口笛に体が弾かれたように飛び出す––––もはや自動的である。

 今回はハイジのサポートはなし。完全に自分だけで仕留めなければならない。


(わかる!)

(どう動けばわかる!)


 うさぎたちを次々に仕留める。

 レイピアには血の一滴もついていないが、一応ヒュッと払ってから鞘に収める。


 全て終わったので「ピッ」と口笛を吹く。

 すぐに遠くから「ピッ」と返答。


(ハイジとの会話って、言葉よりも口笛のほうが100倍くらい多い気がする)


 そんなことを考えつつ、ウサギを拾って口笛の元へ。


「うわっ」


 思わず声が出た。

 ハイジと変わらない大きさのイノシシが倒れていたからだ。

 肉になったものは何度も見たし、食べたこともあるが……なにげにまるごと直接見たのは初めてだった。

 確実に仕留められているはずだが、足を伸ばしてビクビクと痙攣を繰り返している。


「……大きいね」

「これはまだ小さいほうだ。大きいものはこの五倍ほどになる」

「五倍?! こわっ……そんなのに勝てるの?」

「急所は同じだ。ウサギを狩るのと変わらない」

「……まぁ、確実に当たる腕があるならそうかもね。でも、あたしの矢では致命傷にならないんじゃない?」

「延髄の隙間を狙えば問題ない。はずしたら剣で対処しろ」

「延髄の隙間なんて、外から見てわかるわけ……って、ああそうか」


 あたしはイノシシ(本当は「グリンブルスティ」というらしいが、長ったらしいので「イノシシ」で十分だ)に魔力を向けてみる。

 体内の急所が見えたりしないかな、と期待したが、特に何もわからなかった。

 あたしが何をしようとしたのかわかったのだろう。


「こいつはもう死んでいる。生きた相手ならわかるはずだ。試しにおれを見てみろ」


 ハイジがそう言うので、あたしは「それじゃ遠慮なく」と言って、ハイジに魔力を向けてみる。

 体内を観察してみれば、なるほど、ぼんやりと弱点がわかった。

 ただ、ハイジの場合、弱点が少なすぎてよくわからない。

 延髄あたりが急所なのだろうが、隙がなさすぎて……これではとてもではないが攻撃するのは無理だ。

 魔獣相手なら、この視え方はきっと役に立つんだろうけど……。


「てやっ」


 なんとなくハイジの延髄に向かって手刀を差し向けたが、イノシシの血抜きをしていたハイジは、後ろに目が付いてるみたいにヒョイと避けた。

 森にいる間はずっと魔力を薄く広げて感知しているのだろう。


(いつか、あたしにもできるようになるのかな)


 あたしの攻撃はまるっとなかったことにされ、あたしたちは帰路へつく。

 イノシシが大きすぎて、これ以上狩りは続けられないからだ。

 それに、宿主が死ぬとノミなどの寄生虫が慌てて活動し始めるので、なるべく早めに戻ったほうが良いのだ。

 ハイジはイノシシを、あたしは今日仕留めたウサギ(大量)を背負ってせっせと歩く。


 しばらく歩いて、小屋までの中間地点で小休止する。

 座って獲物を下ろすと、ハイジは小さな焚き火台を組み立てて小枝に火を付け、小鍋に水を入れて沸かしはじめる。

 湯が沸けば、ハーブの枝を放り込んで濃いめのお茶を淹れる。

 鍋を掴んで、そのままひとすすり。


 「いるか?」


 ハイジが鍋を手渡してきたので、受け取って、あたしもお茶をすする。

 じんわりと魔力が回復するのがわかる。


 今日は少し時間が余ってしまったので、慌てて小屋に帰る必要はないのだが、手持ち無沙汰は否めない。

 回し飲みのお茶だけでは時間が保たないので、あたしは軽く魔力訓練を行うことにした。

 目をつぶり、意識を「向こう側」へ接続して、思わず声を上げた。


「うわっ、なにこれ!?」


 周りにはいくつも小さな光がはためいていた。まるで蝶のように。

 驚いて目を開けてみれば、そこには––––妖精が何匹も飛び回っていた!


「わぁっ! なにこれなにこれ!」


 この世界に来て初めて目撃した、圧倒的ファンタジーだった。


(さっきまでは居なかったのに! もしかして見えなかっただけで、ずっと近くにいたのかな?)

(それにしても、この世界で始めてちゃんとファンタジーっぽいものを見た気がする!)


 瞑想中の世界はファンタジー感満載だが、肉眼で見ているわけではないのでノーカンである。


「クスクス」「うふふ、うふふふふ」「クスクスクス」


 妖精らしきものは、小さく笑いながらあたしの周り飛び回る。


「うわぁ……可愛い……!」


 愛らしい姿に、うれしくなったあたしははしゃいでいた。

 妖精といっても、ディティールは単純なものだ。目鼻立ちもぼんやりとしているし、元の世界でイメージされたような「人間をそのまま小さくした姿」とは程遠い。

 それでも「クスクス」と笑いながら飛び回る姿はとてつもなく愛らしくて、見ているだけで幸せな気持ちになった。

 なんだか嬉しくなって、ニコニコと見とれていると……耳元で「ヒュヒュン」と鋭い音。

 

 ハイジが妖精たちを一人残らずバッサリと切り捨てていた。


「……………………は?!」


 ボトボトボトと地面に落下する妖精たち。

 これにはあたしも度肝を抜かれてしまった。


「な、な、な、何してんのーーーーーーー!?」


 慌てて地面に落ちた可愛そうな妖精たちを拾おうとしたが、無駄だった。


「あ、あ、あああ〜〜〜……!」


 妖精たちは、それはそれは哀れな様子で、どろり溶けて、地面に吸い込まれていく。

 完全にトラウマ級の光景だった。

 あたしはブチ切れた。


「ハ、ハ、ハイジーーッ! あ、ああああんた、あんなに可愛い子たちになんてことすんのよーーーッ!? いくら何でもやっていいことと悪いことってもんがあるでしょうが!!」


 ブチ切れてハイジに詰め寄ると、ハイジは「何を言ってるんだ」と言わんばかりに片眉を上げて、平然とお茶を啜った。


「ピクシーは魔物だ」

「……はい?」

「人間が好む姿を形作って飛び回り、幻惑し、森で迷わせて殺す、獰猛な魔獣だ」


 お前にはどんな姿に見えていた? とハイジが言う。

 あたしには愛らしい妖精に見えたが、ハイジの目にはピクシーの本来の姿である巨大な蛾にしか見えないと言う。


「蛾!?」

「鱗粉に人を惑わせる効果がある。あいつらに迷わされると、力尽きるまで延々同じところを歩き回って、最後には餓死する」

「はっ?! な、なんだってそんなことを?」

「力尽きて倒れたところを喰らい、卵を生みつける。あいつらは死肉漁りの魔獣だ」


 幼虫に穴だらけにされた遺体は見ていて気分がいいもんじゃないぞ、とハイジ。


「こわーっ!」

「そろそろ春だから、ああいった連中がぞろぞろと増えてくる」


 見た目が可愛くても、魔獣は魔獣、全て敵なのだそうだ。

 怖いついでに、他にどんな魔獣がいるのか聞いてみる。


 ––––トナカイに混じってしれっと草を食む魔物。油断して近づいてきた人間を刺し殺して喰う。見た目は額にも角の生えたトナカイなのに、名前は『ユニコーン』。なんだそれは。


 ––––歩き回るキノコ『マイコニド』。見た目は大小様々なマッシュルームにだが、こちらは幻覚をみせて迷わせて、力尽きたところに寄生し、人の遺体を苗床にするのだそう。いいかげんにしろ。


 ––––朽木や木の枝に擬態する魔物『ファーリントレント』。不用意に近づくと刺し殺そうとするという。やめろ。


 ––––白樺の外皮など擬態して人を襲う機会をじっと狙う魔物『バークスライム』。いきなり液化し、人の顔を覆って窒息死させるという。ふざけるな。


「こわーっ!」


 どいつもこいつも本当にろくでもない!

 他にも色々いることはいるが、普段はほとんど目にすることはないんだそうで。


 つまり、見敵必殺サーチアンドデストロイ

 魔物は見つけ次第殺すのが、身を守るための鉄則なのだ。

 ファンタジーは現実よりも世知辛い!


「こわーっ!」

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