あたしの能力がわかった。

 その力は、一言で言えば『ほんの一瞬だけ時間の流れを無視することができる』という単純なものだった。

 発動させると、自分の時間が周りの時間と切り離され––––その瞬間は『自分の時間だけ』を『短縮』したり『伸長』したりできるようになる。

 結果、瞬間的に「物理的な限界」を無視して動くことができるのだ!

 

 あたしはこの力を『短縮と伸長』と呼んでいる。

『加速と減速』と呼び替えてもいいかもしれない。

 中高時代、青春の全てを短距離走につぎ込んだあたしらしいの能力だと自負している。


 制約もある。

 最終的には周りの時間と帳尻が合わされるのだ。

 自分の時間を『短縮』すれば、実時間とのズレの分、必ず「伸長」されてしまう。

 


 時間を短縮している間は速く動けるが、逆に引き伸ばされている間は、ゆっくりとしか動けない。

 これは必ず対になっていて、例えば「何度も連続して短縮して、後からまとめて引き伸ばす」みたいなことはできない。

 だから、一時的に素早く動けても、次の瞬間は、他者から見ればその分だけ遅くなるわけで––––このペナルティは大きいなぁ、などと思っていたのが、とんでもない。

 この『遅くなる』というのは、とんでもないポテンシャルを秘めていた。

 むしろ、高速動作よりもよほど使能力だったのだ。


 つまり、こういう事ができる。


(あ〜れ〜)


 ハイジにぶん投げられた瞬間に時間を『短縮』する。

 時間を短縮すると、自分から見た周りの世界は、体感時間的には逆に『遅く』なる。

 着地のときの動作をどうするか、ゆっくりと考え、体勢を整えることがことができるのだ。

 この時、周りから見ればあたしは物理限界を超えた速度で動いているように見えるはずだ。


 余裕を持って着地––––その瞬間に時間を『伸長』。

 この時、時間の帳尻は合わされ––––結果的に、あたしの動作は時間的に遅くなる。

 それをうまく利用すれば、着地時の衝撃を殺すことできる。

 しかも、着地点が垂直壁なら、地面へと落ち始めるまでの時間が引き伸ばされ、短い時間だが壁の表面にことだってできるのだ。


 短縮と伸長は対ではあるが、どちらを先に発動しても構わない。

 もちろん先に時間を伸長しておくこともできる。

 伸長中はゆっくりとしか動けないが、何も伸長中は動いていなければいけないわけではないのだ。

 止まっている状態で伸長しておけば、それはペナルティとは言えない。

 高速動作後のペナルティを事前に殺しておくことができるのだ!


 このことに気づいた時には、小躍りしたいほど嬉しかった。


 これを周りから見ると、空中でいきなり加速、あるいは加速したり、さらには重力に逆らって壁に張り付く––––といった、わけのわからない動きになる。

 こんな予測不可能な動きについて来れる人など、そうそう居ないだろう。

 あたかも物理法則を無視するかのようなトリッキーな動きは、敵にとっては間違いなく驚異のはずだ。


 こんな事もできる。


「やああー!!!」


 掛り稽古の時に、攻撃の瞬間に時間を伸長してやる。

 ハイジの『先の先』が発動するのは、普通の時間の流れに沿うものだ。

 あたしの時間とは切り離されている––––それを利用する。

 ハイジが「一瞬先」を読んであたしの剣を避けるが、それでは


 ––––すなわち、時間を使ったフェイント!


 一瞬送れて爆発的なスピードでハイジにせまったあたしは、今度こそハイジに一撃を入れ……


「カコンっ!」


(あ、あれっ?!)


 ハイジは意表を突かれて驚いたようだが、それでもあたしの木刀に対応してみせた。

 つまり、今のあたしの実力だと、能力を使うまでもなく対応できるということか。

 それでも、ハイジは珍しく関心したようだ。


「今のは驚いた。『先の先』の裏をかいて攻撃をしてきたのは、お前が初めてだ」


 などと、珍しくあたしを褒めると、ついでとばかりに足を引っ掛けてあたしをふっとばす。


(あ〜れ〜)


 褒められて喜ぶ余裕もない。

 宙を舞いながら慌てて時間を短縮。感覚的には時間の流れが遅くなった世界の中で、あたしはなんとか体勢を整える。


「ちぇー、これでも駄目かぁ」


 着地する直前に時間を伸長。

 動きを遅くすることで衝撃を殺して白樺の木に降り立つ。


 今の投げは、ちょっと前なら脳震盪を起こしてサウナコースだったろう。

 やはりこの能力は、慣れればかなり使い出がありそうだ。

 しかも、魔力を通して周りを把握するだけでも、乱戦においてはかなり有利になるのだ。

 あたしも瞑想を通して得た感覚のおかげで、仮に目を閉じていても周りの状況がある程度わかるようになった。

 生物ならはっきりと、無生物でもなんとなく「これからどうなるか」がわかったりする。

 この感覚を知っているかどうかで、戦いでは大きく差がつく。

 あたしも、この感覚のおかげで、魔獣を狩る時にほとんど不安を感じなくなった。


 * * *


 この世界の魔法は地味だ。

 その理由は、結局のところ、物理法則を無視することはできないからだ。


 エネルギー保存の法則を無視することはできないから、ファイヤーボールや、何もないところから水を生み出したりするようなことはできない。

 もちろん永久機関だって出来ないだろう。

 仮に、一時的に物理法則を無視できたとしても、すぐに何らかの形で帳尻が合わされてしまう。

 これが、この世界の魔法が地味な理由だ。


 例えば、ハイジの能力である『キャンセル』––––ハイジの呼ぶところの『先の先』などもそうだ。

 その存在を知った時は「なにそのチート」と思ったものだが、実際はそうでもなかった。


 なにしろ、斬られる未来をキャンセルできたとしても……代償として「斬られた痛み」は感じているのだ。

 人間は強い痛みを感じれば、自然と体はこわばり、動けなくなる。

 並大抵の精神力では耐えられない。

 しかし、彼の主観では、斬られながら、射たれながらも自在に動いて反撃しているのだ。


 ––––どれほどの強い覚悟があれば、そんなことが可能になるのだろう。

 ずるチートだなんてとんでもなかった。

 これは、ハイジ以外の誰にも使いこなせない力だ。


 しかし、ハイジは基本的に『先の先』にはほとんど頼っていない。

 そんなものがなくても、ハイジは強いのだ。



 * * *



 連続して魔力を消費したので、頭がクラクラし始める。

 木刀を下ろし、あたしはハイジの元へ歩きながら宣言する。


「もう無理。今日はこの辺にしていい? それに明日からは街だもの。準備する時間がほしいわ」


 あたしがそう言うと、ハイジは軽く頷くだけであっさりと背中をむける。

 余韻も何もへったくれもなく、この冬最後の訓練は、あっけなく終了である。


(「お疲れ様」が欲しいとまでは言わないけど)

(せめて「わかった」の一言でいいから返事して欲しいもんだわ)


 そんなあたしの心中などお構いなく、ハイジはいつもどおりシャツを脱ぎながらスタスタとサウナへ一直線である。

 相変わらずの反応の薄さに、何かひとこと言ってやりたいと思わなくもないが、あたしとハイジの関係なんてこの程度のものだろう。


 結局あたしは、この冬の間、ただの一度もハイジに一撃を加えることはできなかったわけだ。

 悔しくないと言えば嘘になるが、そもそもたった数ヶ月の訓練で、英雄様に一撃を入れられるなどとうぬぼれてはいない。


(でも、鉄壁だと思われていたハイジの能力「先の先」を攻略できるのは、もしかするとあたしだけかもしれない)


 いや、別にハイジを討ち取りたいわけではないのだが、はるか遠くに見えた実力者に手が届く可能性が見えて、嬉しくなったのだ。


(よし)


 あたしはその場でぽいぽいと脱ぎ散らかして素っ裸になると、裸足で雪の中を走って、そのまま「うりゃっ」と水風呂に飛び込む。


「うきゃーっ! 冷たいーーーっ!」


 今日の水風呂は思ったより冷たくて、悲鳴を上げた。

 十秒ほど水風呂に潜ったあたしは、ガクガクと震えながら、ハイジを追ってサウナに突入した。


 明日からはもうサウナはない。それどころか風呂だってないのである。

 もはや沐浴では満足できない体になってしまっている自覚はあるが、この世界の夏は短い。今日のところは、この冬最後のサウナをしっかり堪能して、あとは次の秋まで辛抱である。

 冷え切った体を温めるために、一足先にヴィヒタでバシバシしているハイジの前を横切って、一番奥の特等席へ急ぐ。

 焼けるように熱いが、冷え切った体には最高のご褒美である。

 あたしもヴィヒタで体をパシパシしながら、最後のサウナを何度も堪能した。


 そして夕食。

 何ら特別なことはなく、いつもどおりのスープとパンの食事である。

 特別な会話も何もない。

 感慨も何もあったものではない。

 だから、あたしもいつもどおり、ハイジに「おやすみなさい」と告げて、部屋に戻った。


 こうして、『寂しの森』の春が終わった。


 夏がやってくる。

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