ギャレコと別れ、ハイジの後ろについて歩く。

 ハイジは大量の毛皮が入った、重そうな袋を肩に担いで、いつもの足取りで歩いていく。

 その巨体は街中ではさぞ目立つだろうと思ったが、意外に注目されるようなことはなかった。

 二度ほど軽く手を上げて挨拶してくる人がいて、ハイジもそれに応えている。


 正直意外だった。


 あたしの中のハイジのイメージは、森で孤独に過ごす一匹狼(熊?)、というものだったのだが、普通に街も活用しているらしい。

 なにかの理由で排斥されてたり、世捨て人として生きているなどという様子でもないし、ごくごく普通に街に受け入れられているように見える。


(森では一言も口を利かないから、極端なコミュ障なんだと思ったら、なんだ普通なんじゃないの)


 それはつまり、あたしが彼に嫌われているということなのだろう。

 ギャレコや関所の兵士とは普通に会話していたし、街にもそこそこ知人がいるらしい。

 つまり、彼が徹底的に無視をしているのはあたしだけということだ。


 そんな「あたしだけ」は一つも嬉しくない。

 ちょっと悲しい気持ちになる。


 ハイジについて歩くうちに、段々と道がひらけていく。

 遠くには城らしき建物が見える。

 ヨーロッパのお城と比べると質実剛健と言った感じのお城で、あまり華美な印象はない。

 きっと、あそこに領主のライヒ伯爵とやらが住んでいるのだろう。


 山小屋で読んだ本と、ギャレコから得た知識によると、この世界は封建制で、中央の王族とそれに連なる貴族が支配していたはずだ。

 貴族はそのまま領主である。

 隣り合った領主同士が仲が良ければいいが、小競り合いは頻繁だし、占領されれば領主が変わる。

 それは決して特別なことではなく、日常的に起きうることのようだ。

 しかし、そのように不安定な政治体制ではあるが、こうして見た限り、この街は一応は平和なようだ。


(戦争だらけの世界だったらどうしようかと思ったけど、平和そうでよかった)


 そんなことを思っていると、ハイジは大通りに面した大きな建物の入口へ向かい、石段を登りはじめる。

 慌てて追いかける。

 相変わらず何も言ってくれないが、どうやらここが目的地のようだ。


(ギルド、とか言ってたっけ)


 見れば、扉の上には確かに「ギルド」とだけ書いてある。

 ギルドと言う言葉はあたしにもわかる。同業者が集まって組織する自助組織だったはずだ。

 何のギルドなのかまではわからないが、とりあえずハイジの後を追いかけて、あたしも扉をくぐった。


 ギルドの中は広々としていた。

 人が多くて活気がある。

 いくつかのブースに分かれているようで、大きなテーブルで商談していたり、いくつもの受付でなにやら話をしていたり、掲示板の前で張り紙を眺めている人も大勢いる。

 奥の方には食堂だか酒場だかもあって賑わっていて、話し声に混じって笑い声が聞こえてくる。


 あたしは、なんとなく小説などで出てくる「冒険者ギルド」みたいなものをイメージしていたが、荒くれ者ばかりという感じでもないようだ。

 周りの人たちの体格や服装も様々で、女性も少なくない。


 興味津々でキョロキョロ見回していると、


「お、何だハイジじゃねぇか!」


 と酒場から声がかけられた。

 ハイジが立ち止まる。見れば、酔っぱらいの中年男性がジャグを片手に手を降っていた。

 ハイジほどではないが、筋肉質のなかなかガシッとした体型の男性で、髪は明るめの金髪。

 そばかすだらけの鼻が酒で赤らんでいる。

 どうやら酔っ払ってごきげんなようだ。

 フラフラと歩み寄ってくると、ハイジの肩をパンパンと叩いた。


「ここ最近ご無沙汰じゃあねぇか。元気してたか?」

「ああ」


 どうやら知人だったらしく、ハイジがそれに応える。

 男はわざとらしく大げさに肩をすくめる。


「相変わらず素っ気ねぇなぁ。まぁ、一杯くらい付き合え。奢るぜ」

「用事が済んだらな」

「ん? その袋、毛皮の買い取りか?」

「ああ」

「そうか、まぁ、用が終わったら声を……って、なんだおい」


 そこで、男はようやくあたしの存在に気づいたようで、あたしを見るなり驚いた顔を見せた。


「『はぐれ』じゃねぇか! またか、おい」


(『はぐれ』……ねぇ)


 聞くのは今日だけで三回目だ。

 ギャレコも、門番の兵士も同じことを言っていた。

 どうやらあたしのことを指す単語らしい。


(『はぐれ』って、どういう意味だろう)


 まぁ、確かにこの世界では、あたしは『はぐれ者』なのだろう。

 だって、元の世界に戻れないのだから。

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