この世界に飛ばされてきてから三日が過ぎた。

 あたしは未だに男の家で居候している。

 早めにこの家をでていくべきだとは思うのだが、外が吹雪いているのだから仕方がなかった。

 男は相変わらずあたしのことを徹底的に無視しているものの、食事だけはきちんと食べさせてくれる。


 何もできないあたしが、食事だけ出されているのも変な話だ。

 できることなら、料理でも掃除でもなんでも手伝わせてもらいたいところなのだけど、手伝えることが思いつかない。

 日本では、母親の料理を手伝っていた関係で、それなりに料理はできる方だったはずなのだが。


 そんなわけで、男の代わりに料理をしようと思い、頑張って早起きする。

 まだ暗いうちに起きたのに、男はすでに起きていた。どうやら随分早起きのようだった。

 しかし、まだ朝食はできていないようだ。


 よし、とりあえずスープに入っていた材料を見繕って、似た料理を作ってみよう。


 この数日でわかったことだが、男は基本的にあたしが何をしようと一切無関心だった。

 勝手に本を読もうと、掃除しようとしてバケツをひっくり返そうと、眉ひとつ動かさない。

 それなら勝手に手伝ったからと言って、叱られたりはしないだろう。


 夜に出てくるスープは、だいたい野菜が数種類と、塩漬けの肉らしきものが入っていた。

 キッチンに立ち、記憶をたどりながら、スープに入っていた野菜を見つけ出していく。


 ピーマンみたいな形のズッキーニに似た食感の野菜。

 プチトマトみたいな形のナスに似た野菜。

 塩漬け肉は壺に入っているのを確認している。

 調味料は……おおぅ、調味料がない……。


 スープには、仄かににんにくっぽい香りも入っていたように思う。

 窓際に吊るされているにんにくと、玉ねぎっぽい野菜をちぎり取り、とりあえず皮を剥く。

 玉ねぎは日本の玉ねぎよりも爽やかな香りがする。

 にんにくはかなり小ぶりだが、見た目も香りもそっくりだ。


 よし。


 まずにんにくはみじん切りにして、他の野菜は小さめの角切りに。

 塩漬け肉は、大量の塩に漬かっていて、いかにもしょっぱそうだ。

 あまりに脂身が多いところは外し、赤身の部分を角切りにする。

 玉ねぎとにんにくは油で炒めたかったが、サラダ油なんてものはなさそうだし、しかたない、とりあえずだし汁を取る要領で、塩漬け肉を水で煮てみよう。


 コンロは薪コンロである。

 火の付け方がわからないので、男が料理するところを観察してみたところ、小さな枝を突っ込んで、薪ストーブから火を移し、ある程度燃えたところで少しずつ大きな薪にすればいいようだ。

 見様見真似で試してみると、思いの外火力が強く、煙がモクモクと上がって焦った。

 部屋が煙だらけになってしまうと慌てるものの、男には一切の反応なし。


(この人、本当に生きているのだろうか)


 コンロをあれこれ触っていると、煙を外に出すレバーを発見。それを回す。

 うん、火力の調整はよくわからないが、とりあえず料理はできそうだ。


 水瓶から土鍋に水を移し、塩漬け肉を入れてから火にかける。

 コンソメキューブなんて気の利いたものもあるはずなく、旨味も塩味も、塩漬けの肉から取るしかない。

 味見をしてみると、塩漬け肉からそれなりに旨味も出ていて悪くはない。

 あとは、野菜を入れて煮込めば完成だ。

 所要時間は30分ほど。


 味見をする。

 ……まぁ、不味くはない。不味くはないが……ぶっちゃけ男の作ったスープのほうがずっと美味しい。


(くっ……野人のくせに……)


 男の作る料理はシンプルで、いかにも「アウトドア料理」という感じなのだが、どこかお行儀がいいというか、バランスが良くて美味しい。

 作っているところを見ても、包丁(というかただの巨大なナイフだ)を自在に扱って、かなり器用なようだ。

 出てくる料理は全体的に理性的な印象で、お店で出てきてもおかしくない感じである。

 言ったら悪いが、男のキャラクターとギャップがありすぎる。


 それはさておき、とにかく作ってしまったものは仕方がない。

 こちらとしては、感謝の気持が伝わればそれでいいのだ。


 布で包んであるパンをテーブルの中央に起き、ナイフを突き立てる。

 スープ皿にスープを装い、男の前に置く。

 自分の分も装って、男の前に座る。


「今日は、いつものお礼で、料理を手伝わせていただきました。あまり美味しくないかもしれませんが、よかったら召し上がってください」


 通じるかどうか分からなかったが、自分なりに精一杯礼儀正しく男に伝える。

 手を合わせて、いただきます。


 あたしが食べ始めると、男も匙を取って、口に運ぶ。


(感想、一切なし……ね)


 いっそ清々しいほどの無視っぷりである。

「旨い」でも「まずい」でもいいから、何か反応がほしいところだ。


 最初のうちは、男に襲われるんじゃないかとヒヤヒヤしていたが、今となってはバカバカしいくらいだ。

 この男に、そんな情熱があってたまるか。

 きっと、日々のルーティーンをこなすだけの、狩りロボットかなにかに違いない。


 男はスープを食べ終わると立ち上がり、キッチンに向かう。

 そして何やらし始めた。


(……?)


 男がキッチンでなにかしているのであれば、手伝ったほうがいいかもしれない。

 そう思って後を追うと


(えっ……)


 男は、あたしの作ったスープと同じ材料をまな板の上に並べていた。


(不味かったから、自分で作るってこと?)


 それは……あんまりなのではないだろうか。

 ややショックを受けつつ、それでも我慢してじっと見ていると、男は塩漬け肉の壺の中から、脂身を取り出した。

 それをナイフで細かく刻むと、フライパンに入れて、火にかける。

 脂身からじわじわと脂がにじみ出てくると、フライパンを火から外し、にんにくを潰して放り込む。

 再度フライパンを火にかけて、さっと炒めると、野菜を次々に角切りにして放り込んでは炒めていく。


(なるほど、脂身は細かく叩いて、野菜を炒めるのに使うのか。野菜は一度炒めないとあの触感にならないわけだ)


 フライパンの中の野菜に火が通ったら、角切りの肉と一緒に鍋に移して火にかける。

 フライパンに残った脂も無駄なく水に溶いて入れる徹底ぶり。

 フライパンをさっと洗ってから火にかけ、乾いたら元の場所に吊るす。

 窓際に吊るされている枝をナイフでチョンと切って、指でしごいて、細かい葉をスープに入れた。


(あれって、ハーブだったのか)


 流れるような動作で包丁とまな板をさっと掃除すると、綺麗に片付いたキッチンに鍋いっぱいのスープだけがクツクツと音を立てていた。


(うわぁ、あたしが作ったのとぜんぜん違うな)


 これと比べたら、あたしの作ったスープは「野菜の水煮」って感じだ。

 男の作ったスープはトロトロとしていて、いかにも美味しそうな香りを漂わせている。

 自分で作ったときには物足りないと思った風味も、脂で炒めた野菜とハーブの香りのおかげで、とても食欲をそそるものになっている。


(悔しいな)


 男はスープを火から下ろすと、テーブルから自分の皿を持ってくる。


(はいはい、あたしのスープじゃ満足できなかったんでしょ)


 恨めしい気持ちで男を睨んだが、男はそれをまるっと無視して、スープを装った。

 そしてテーブルに戻ると、それを食べ始めたではないか。


 もしかして、とは思ったが。

 どうやら、間違いなさそうだ。


 男は、スープの作り方を教えてくれたつもりらしい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る