6
無言の食事が終わる。
これからどうしようかと迷う。
すでにお礼も謝罪もした。
だが、一晩泊めてくれと頼んだものの、返事がないのだ。
お腹が一杯になったことで、少しは気持ちに余裕が出てきたので、部屋の中を見回してみる。
小屋は、ログハウスのような質素なものだった。
ドアは、玄関と、あたしが逃げ込んだ部屋のほかにもう二つある。
台所のそばで薪ストーブが赤く温かい光を放っている。
薪ストーブの上の巨大な鍋からは湯気が立ち上っている。
窓際には、何かの植物の枝と、にんにくや玉ねぎのようなものも吊るされている。
飾り気はまったくない。
壁に剣らしきものがいくつかかけられているが、そばに見覚えのある弓があるところを見ると、この剣も飾りではないのだろう。
弓の下には水が張られたバケツがあって、矢が放り込まれていた。
自分が座っている椅子に意識を向けると、簡素な椅子ではあったが、毛皮が敷いてあって温かい。
食事に使った皿やカトラリーは質実剛健なデザインだったが、野卑な感じは受けない。
全体的に、整理整頓されていて清潔な印象だった。
(意外……と言ったら失礼なんだろうけど)
こっそり男の姿を盗み見る。
短く駆られた暗い金髪。
無精髭と深い眉間の皺、鋭い目つき。
一文字に引き締められた口もとには、深い傷痕。
始めに見たときほどは恐ろしさを感じないものの、相変わらず獰猛な雰囲気を放っている。
(失礼かもしれないけど、あたしが中高一貫の女子校だったから……ってだけじゃなくて、誰から見ても怖いでしょ、これは)
首が太い。盛り上がった肩から、丸太のような腕まで、無駄な贅肉がまったくない。
やけに古傷が多い。
あたしはなんとなく、工事現場でみる重機を思い浮かべた。
どれほど鍛えたら、こんな野生動物みたいな体になるんだろう。
ボディビルダーだってこんなにゴツくはないだろう。
あまりジロジロ見るのも失礼だ。
それに、なんとなくだが、狼の群れを一網打尽にしたこの男なら、見られていることにくらい気づいていそうだ。
そう気づいて慌てて目をそらす。
(さて、この気まずい時間をどうしたものか)
成り行きでこうして男と同じ空間にいるが、正直なところ、自分はこの男を信頼しているわけではない。
命を救ってもらった上に、今もこうして頼っている状況で失礼だとは思う。
しかし実際問題、なんとなく「襲われることはなさそうだ」と感じているだけで、それにだってなんの保証もないのだ。
それに。
(恩はあれど……個人的に、人を無視する人間って信頼できないんだよね)
あまりといえばあまりな態度だと思う。
出ていけと言われなかっただけマシだけれど。
どのくらい時間がたったか、男はすっと立ち上がる。
思わずビクリとするが、男はこちらを気にした様子もなく、ゴツリ、ゴツリと足音を立てて、台所横の薪ストーブへ向かう。
細枝をストーブに突っ込んで火を付けると、わたしが逃げ込んだ部屋のドアをあけ、小さな薪ストーブに火を焚べた。
火がつくと、また台所横の薪ストーブへ向かって、もう一度、細薪に火を付ける。
そうして、今度はもう一つの扉を開けると、男はそのままドアを締めてしまった。
しばらく待つが、出てくる様子はない。
(え、これ、どうしたらいいの?)
このままここにいるのが正解なのだろうか。
(ひょっとして)
いや、考えてみれば他の答えはない。
どうやらあの男は、自分に部屋をひとつあてがって、ストーブに火をつけてくれたらしい。
ありがたい。ありがたいが、
(言わなきゃわからんでしょうが)
無視する人間のことは信用できないし、男のことを信頼したわけではないが、とはいえ。
(少なくとも、好意に甘えても大丈夫そうだ)
男が引っ込んだ部屋から、かすかに鼾が聞こえてきた。
なんとなく、自分が眠っている間に男に何かされる心配はいらない気がする。
何の保障もないけれど。
(結局、今日一日、一言も言葉を交わすことはなかったわけだ)
一応、念の為に薪を二本部屋に持ち込む。
一本は護身用である。
(まぁ、あの男相手に薪なんて何の役にも立たなさそうだけど)
もう一本は、ドアを締めたあと、ドアに立て掛けておく。
もし、あたしが眠っている間に男が忍び込んでくれば、薪が倒れて音が鳴るだろう。
とはいえ、なんとなく、何もされないだろうという根拠のない思いはあった。
ただ単にやけくそになっているだけとも言える。
こうして、あたしは日本からこの世界に飛ばされて、1日目を終えた。
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