無言の食事が終わる。

 これからどうしようかと迷う。

 すでにお礼も謝罪もした。

 だが、一晩泊めてくれと頼んだものの、返事がないのだ。


 お腹が一杯になったことで、少しは気持ちに余裕が出てきたので、部屋の中を見回してみる。


 小屋は、ログハウスのような質素なものだった。

 ドアは、玄関と、あたしが逃げ込んだ部屋のほかにもう二つある。

 台所のそばで薪ストーブが赤く温かい光を放っている。

 薪ストーブの上の巨大な鍋からは湯気が立ち上っている。

 窓際には、何かの植物の枝と、にんにくや玉ねぎのようなものも吊るされている。

 飾り気はまったくない。

 壁に剣らしきものがいくつかかけられているが、そばに見覚えのある弓があるところを見ると、この剣も飾りではないのだろう。

 弓の下には水が張られたバケツがあって、矢が放り込まれていた。


 自分が座っている椅子に意識を向けると、簡素な椅子ではあったが、毛皮が敷いてあって温かい。

 食事に使った皿やカトラリーは質実剛健なデザインだったが、野卑な感じは受けない。

 全体的に、整理整頓されていて清潔な印象だった。


(意外……と言ったら失礼なんだろうけど)


 こっそり男の姿を盗み見る。

 短く駆られた暗い金髪。

 無精髭と深い眉間の皺、鋭い目つき。

 一文字に引き締められた口もとには、深い傷痕。

 始めに見たときほどは恐ろしさを感じないものの、相変わらず獰猛な雰囲気を放っている。


(失礼かもしれないけど、あたしが中高一貫の女子校だったから……ってだけじゃなくて、誰から見ても怖いでしょ、これは)


 首が太い。盛り上がった肩から、丸太のような腕まで、無駄な贅肉がまったくない。

 やけに古傷が多い。

 あたしはなんとなく、工事現場でみる重機を思い浮かべた。

 どれほど鍛えたら、こんな野生動物みたいな体になるんだろう。

 ボディビルダーだってこんなにゴツくはないだろう。


 あまりジロジロ見るのも失礼だ。

 それに、なんとなくだが、狼の群れを一網打尽にしたこの男なら、見られていることにくらい気づいていそうだ。

 そう気づいて慌てて目をそらす。


(さて、この気まずい時間をどうしたものか)


 成り行きでこうして男と同じ空間にいるが、正直なところ、自分はこの男を信頼しているわけではない。

 命を救ってもらった上に、今もこうして頼っている状況で失礼だとは思う。

 しかし実際問題、なんとなく「襲われることはなさそうだ」と感じているだけで、それにだってなんの保証もないのだ。

 それに。


(恩はあれど……個人的に、人を無視する人間って信頼できないんだよね)


 あまりといえばあまりな態度だと思う。

 出ていけと言われなかっただけマシだけれど。


 どのくらい時間がたったか、男はすっと立ち上がる。

 思わずビクリとするが、男はこちらを気にした様子もなく、ゴツリ、ゴツリと足音を立てて、台所横の薪ストーブへ向かう。

 細枝をストーブに突っ込んで火を付けると、わたしが逃げ込んだ部屋のドアをあけ、小さな薪ストーブに火を焚べた。

 火がつくと、また台所横の薪ストーブへ向かって、もう一度、細薪に火を付ける。

 そうして、今度はもう一つの扉を開けると、男はそのままドアを締めてしまった。


 しばらく待つが、出てくる様子はない。


(え、これ、どうしたらいいの?)


 このままここにいるのが正解なのだろうか。


(ひょっとして)


 いや、考えてみれば他の答えはない。

 どうやらあの男は、自分に部屋をひとつあてがって、ストーブに火をつけてくれたらしい。

 ありがたい。ありがたいが、


(言わなきゃわからんでしょうが)


 無視する人間のことは信用できないし、男のことを信頼したわけではないが、とはいえ。


(少なくとも、好意に甘えても大丈夫そうだ)


 男が引っ込んだ部屋から、かすかに鼾が聞こえてきた。

 なんとなく、自分が眠っている間に男に何かされる心配はいらない気がする。

 何の保障もないけれど。


(結局、今日一日、一言も言葉を交わすことはなかったわけだ)


 一応、念の為に薪を二本部屋に持ち込む。

 一本は護身用である。


(まぁ、あの男相手に薪なんて何の役にも立たなさそうだけど)


 もう一本は、ドアを締めたあと、ドアに立て掛けておく。

 もし、あたしが眠っている間に男が忍び込んでくれば、薪が倒れて音が鳴るだろう。

 とはいえ、なんとなく、何もされないだろうという根拠のない思いはあった。

 ただ単にやけくそになっているだけとも言える。


 こうして、あたしは日本からこの世界に飛ばされて、1日目を終えた。

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