第16話

 それでも閉め切って、さらに濃くなりそうな血の臭いを嗅ぎながら作業をするのは憚られた。意味があるのかないのかわからない換気をするために、クーラーをつけながら窓も開けて作業を進めていくことにした。


 こんな状況を夫が見たら、無駄遣いだなんだのと、間違いなく説教をされていたに違いない。そして次の義実家の集まりでその場面のことを暴露されて、私はまた立つ瀬無く下を向いて最悪な時間が早く過ぎ去ることを願うはめになっていたはずだ。嫌になるほど分かりやすく想像がつく。


 そんな想像がきっかけとなって、今まで私の心を切り裂いてきた夫や義家族からのきつい言葉がむくむくと頭に蘇ってきた。


 夏の青臭い夜の匂いが私の心を揺さぶる。凄惨な家の中と、二度と関わることのできない平和な家の外を見えない境界線が遮っている。白いカーテンを握り締めながら窓際に立っていると、涙が零れるよりも先に嗚咽が漏れた。息が苦しくなって立っていられなくなった私は両手で顔を覆って蹲って呻いた。


 私のまわりには蒸した空気があるだけで、カーテンは揺れていない。新鮮な風が家の中に吹き込むことはなかった。


 

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