第12話

 『悪』を退治したはずなのに心が晴れないのはどうしてだろう。


 恐らく、その『悪』もかつては人間で、人の子だったからだ。思い出したくもないが、一瞬でも愛しあった相手でもあった。夫が誕生した時、義家族は心から祝福し、その後は慈しみながら大切に育てたはずだ。後に妻に殺害されてしまうことまでは想定していなかっただろうが・・・。


 人は自分が想像しているよりもはるかに多くの人から愛され、護られながら生きているものだ。その事実を、護られながら生きている時は気付かない。成人し、人の手から離れて初めて気付く。


 私を苦しめた『悪』だと思っていたものは、実は『善』だった。夫は私だけが最期まで理解できなかった、他者にとっては最善の存在であったのだ。


 愛されていた存在を消した罪悪感と愛されていた者への羨望。結婚後、然程まわりから愛されなかった私の複雑な思いが夫を完全な『悪』にできないでいる。

 

 部屋の中の血の匂いは時が過ぎるほどに濃くなっていく。今まで嗅いだことのない強烈な生き物の臭いが充満している。


 そんな部屋に佇み、まだ自分の所業を受け止めようとしない私こそが本物の『悪』だった。

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