第11話

 夫や義家族から過去に何を言われて、何をされていたとしても人を殺めてはいけない。倫理的にも法律上でもそうだ。それがどんな言い訳も通用しない、人が人であり続けるための大昔から定められてきた絶対的なルールだ。


 私はほとんどの人間が外れることのないレールから外れる行為をした。つまりもう私は人ではないのだ。 


 決して動物のように本能だけで夫を殺したわけではない。だが話し合って解決できるほどの理性もなかった。幼いのだろうか。幼さゆえの過ち・・・。たとえそうだったとして、誰が私を庇ってくれるだろう。結婚生活のことも、すり減った心の虚しさも、誰にもわかってもらえないまま、やがて私はただの『凶悪な未熟者』として冷たい法律で裁かれる。


 静かな部屋で罰のような苦いコーヒを口に含んで遠くへ行ってしまいそうになる意識を呼び戻す。もう逃げられる場所などどこにもない。寄り添ってくれる人もいない。


 涙で歪んで見える真っ白い壁には、常人が歩くことのない深く暗いどこかを這いつくばって生きている自分の未来がゆらゆら映っていた。


 





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る