1-21《ファースト・ステップ》

 鳥のさえずりが辺りに響く。


「ん…んん〜…」


 ソフィアはベッドから起き上がり、体を伸ばす。

 窓から覗く天気は快晴。だがここから見れる景色は暫くは無くなる事になる。


「そうだ…今日だったね」


 から約5年。今日はソフィアが旅立つ日である。5年間の生活はとても充実して、濃い毎日だった。ソフィアは新しい発見とその変わらない生活が、楽しいと感じていた。


 だがそれも今日で終わり。寂しい思いでいっぱいだがそうも言っていられない。


『ダグラスさんの様に困っている人を救ってあげられる強さを得たいと思いました…』


―――うん。覚悟はもう決めてある。この言葉に嘘は無い。


 いつか言ったその言葉を頭の中に思い浮かべ、自分の覚悟を再確認する。ソフィアはベッドから降りてギュッと拳を握りしめる。


「よし、準備しよう」



 ***



「おお!良いじゃねぇか!とても似合ってるぞ!」

「そ、そう?」


 朝のリビングで感嘆の声を漏らすダグラスとそれに恥ずかしがるソフィア。ソフィアが旅立つ事になってから、ダグラスはこの日に合わせてソフィアの戦闘服を発注していたのだ。

 戦闘服は黒地に白の刺繍が入ったミニスカートのドレスアーマー。

 機動力が主な武器となるソフィアのスタイルに合うような、軽装備であり、ソフィアの銀髪と黒の鎧がとても釣り合っている。


「だけど…こんなの買ってその…お金的なのは大丈夫だったの?」

「ははは。愛娘の為ならこれくらいの出費は惜しまねぇよ!」


 一体幾ら掛かったのか疑問に思ったソフィアだったが、ダグラスの言葉になら良いかな、と再び鎧の付け心地を確かめる。


「因みに結構汚れにくいらしいぞ。だと言っても汚れるものは汚れるからな、手入れは常にしておけよ」

「うん、気をつける」

「あと…それ結構いい素材使ってるらしいんだ。結構動きやすいし、魔法で加工もされているからちょっとやそっとじゃ壊れる事もないんだ」

「そうなんだ…―――って本当に幾ら掛かったの…?」


 1分後。ソフィアはダグラスから告げられたその鎧の値段を聞いて、驚愕する事になる。



 ***



「準備はできたか」

「うん…」


 ダグラスはソフィアの姿をまじまじと見つめる。鎧も着ていて、食料などが入った袋も入っており、準備は完璧だ。

 だがソフィアは渋い顔をして返事をする。ダグラスはソフィアのその表情に、ある事を察してニヤニヤと悪戯気味た笑みで口を開く。


「なんだ?もしかして寂しいのか?」

「ち、ちがっ!?…も、もう行くからね!」


 ダグラスの言葉にソフィアは顔を真っ赤にする。ダグラスは「悪かった悪かった」と全く悪びれない様子で謝る。ソフィアはダグラスをジトッと半目になりながら睨む。


「その様子なら大丈夫だな!…ああ、そうだ。一つだけ話があるんだが…」

「…何?」


 ダグラスにからかわれてやや機嫌の悪いソフィアだが、そんな事は気にせずといった様子で、ダグラスはソフィアの耳元で口を開く。


「―――――!!」


 ソフィアはその言葉に、心の中の霧が晴れた様な気がした。


「うん…分かった。ありがとう、父さん」


 目に涙を滲ませ、満面の笑みで感謝の気持ちを告げる。ダグラスも満足のいったような表情で「ああ」とソフィアの頭を撫でる。

 目元の涙を拭き、ソフィアは「よし」と決意の混じった表情で背筋を整える。


「じゃあ…―――行ってきます、父さん」

「ああ、行ってこい」


 互いに言葉を交わし、ソフィアはダグラスに背を向け道なりに沿って進む。やがて姿が見えなくなったところでダグラスが口を開く。


「いつまでそこにいるつもりなんだ。セレナ」

「あ〜…やっぱダグには見つかっちゃうか…」


 別荘の裏口から間抜けな声と共に現れたセレナ。ダグラスはそのマイペースな様子に、深く溜息をつく。


「…お前はソフィアを送らなくてよかったのか?」

「私はいいよ。ソフィが一番感謝して慕っているのはダグだからね。涙の別れってのは余計な物が勝手に入っちゃいけないんだよ?」

「はぁ…それはお気遣いどうも」


 ダグラスはセレナが一番ソフィアと、最後の言葉を交わしたいと顔に物凄く出ているのに気が付いたが、それは敢えて言わないでおこう、とダグラスは呆れた顔でセレナを見る。


「ねぇ…ダグ」

「なんだ?」

「ソフィに寂しい?とか言ってたけど、一番寂しい思いしてたのはダグのほうだよね?」

「―――っ!?」


 どうやらダグラスも本音を隠し切れていなかったようだった。



 ***



 太陽が真上に昇る頃。ソフィアは草原の広がる道をずっと歩いていた。この道はエステルへと向かう道であり、ソフィアは何度も通っている道な筈だが、今日に関してはその景色はいつもとは違って見えるような気がして―――


 少女は進む。


 草原の広がる道を歩む。


 成長への道を進む。


 少女がどのような経験を積み、何を学んでいくのかはまだ誰も知らないだろう。


 いや、その事を考えるのはまだ早いのだろう。旅はまだ始まったばかり。


 少女―――ソフィアのこの一歩は、確実な物として後世の歴史へと繋がれていく。


 

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