1-20《本気》

「卒業…試験…」

「そうだ」


 ソフィアは、ダグラスの言っている意味の意図を理解しようとするが結論は出なかった。だがダグラスの言ったの意味は、特別な意味などは無かった。


「ソフィア、一回全力で戦ってみろ」

「え…?で、でも私はいつも本気で全力で」

「――いいや、それは嘘だ」


 その言葉にソフィアは目を見開く。「そうだな、言い方が少し悪かったな」とダグラスは頭を掻きながら言った。


「ソフィア。お前、人に刃を向けんのが怖いんだろ」

「っ…!」

「はぁ…まさか無自覚だったとはな…」


 ソフィアの驚いた表情に、ダグラスは呆れた様に溜息を零す。


「まぁソフィアの気持ちもわかる。自分に力、武器がある以上人なんていつだって殺せるんだ。元から覚悟があって今まで槍について教わってきた、そうだろ?」

「…うん」


 ソフィアは静かに頷いた。「だがいい方法がある」とダグラスは人差し指を立ててソフィアに告げる。


「なら殺さなければいい」

「…は?」


 ダグラスの言いたい事が全然わからない。ソフィアはその事で多少頭が混乱していた。


「どんな人殺しの大罪人でも命は取らない。それは甘えか?いや、俺は違うと思うんだ。この槍はな、人を刺し殺す為にある道具じゃない」



 ――人を救う為にある道具なんだ。



 「人を救う…」ダグラスの言葉にソフィアはそう言葉を零す。ダグラスは立ち上がり、ソフィアの頭に手をポンッと優しく置く。


「ソフィア。お前は槍が好きか」

「うん…好きだよ。槍は、単調で端的で懐に入られたらほぼ終わりだけど、使い方は変幻自在。剣よりも人の個性が出て…互いに槍を交えるのが楽しい」

「そうか」


 ダグラスはその言葉を聞けて満足したのか、その表情は何処か明るい。「あっ、あとな」とダグラスは何かを思い出したかの様に口を開く。


 ――ゴツっ


「いっ…!」

「本気の殺し合いなんぞしてる訳じゃねぇってのにお前は臆病すぎるんだ!あくまで模擬戦だからな!実戦と模擬戦のは違うんだってことを理解しろ!」


 突然ソフィアの真上から拳が降り、食らったソフィアは頭を押さえて縮こまってしまう。ソフィアは頭の痛みを抑えながらも「でも…」と口を開く。


「万が一何かあったら遅いし…」

「あぁもぉ!あのなぁ!」


 ソフィアの弱気な発言に、ダグラスは両手でソフィアの肩を掴み声を荒げて言う。


「そんなの皆わかってるっつーの!だから戦士はを学ぶんだ!…ってかお前は俺より器用だろ!幾らでも無傷で相手を無効化出来る技を教えたのは俺だ!この俺を信じろ!」

「っ…!」


 いつも見ないダグラスの姿に、唖然とした表情でダグラスの顔を見つめるソフィア。


「あとこれだけは言っておく」


 ダグラスは変わらず決意の篭った表情で、ソフィアに告げる。


「俺の教えた槍術の本質は『人を殺させず、自を救う』槍だ。だから人を殺させない、不幸にさせない。刃を構えるのが怖い…?なら純粋に楽しめ。戦いはな、戦士と戦士とのだと言うことを忘れるな」


 戦士と戦士との対話。その言葉にソフィアは思い当たる節がある。ルーカスとの戦闘。道場の槍士達との戦闘。そしてダグラスとの毎日の戦闘。ソフィアは色々な相手と戦ってきたが、それぞれ戦い方に個性がありそれを実際に見て感じる事が楽しいと感じていた。その楽しい時間を長引かせたいと思うからこその手加減。そして人に刃を向ける事への恐怖。これらはどちらも無意識で行っていた事であり、ダグラスはそれを理解していた。


「…うん。そうだね、でも本当にいいのかな…」

「大丈夫だ!なんてったって俺は最強の槍使いなんだからな!そしてソフィアは最強の槍使いの弟子なんだ。何も気にする事なんてないだろ?」


 大丈夫ではないし、全く理に適っていない言葉だがソフィアには、1番信頼できる人からの言葉を聞いてホッと胸を撫で下ろす。



――パンッ!!



 ソフィアは沈んでいた気持ちを、頬を叩いて切り替える。その顔は清々しく、熱意の篭った目をしていた。

 ダグラスも普段見せないソフィアの熱意に、納得した様な表情で頷き、真剣な表情で口を開く。


「覚悟は出来たみたいだな。じゃあ始めるぞ、ソフィア」

「はい。


 稽古中はダグラスから、『父さん』と呼んではいけないと告げられている。

 これは親子の対決ではない。師弟の対決であり、親子だからといって手加減をするなどもってのほかと言うことは、当然双方は理解している。

 普段の稽古とはかけ離れた強いプレッシャーを、双方は発している。


 卒業試験。その戦いは今始まる―――。



 ***



 ――カランカラン…



「…参りました」



 純白の槍が音を立てて落ちる。その所持者の首元には、その槍より一回り大きい黒い槍の穂先を向けられていた。

 結果は誰が見ても一目瞭然だろう。槍を向けているのがダグラスであり、向けられているのがソフィア。ソフィアの敗北である。

 ソフィアの表情は、敗北したのにも関わらず清々しい顔をしていた。反面ダグラスのその表情は、微妙な色が見て取れる。


「ソフィア…お前、いや、ちょっと待て」


 ダグラスは独り言をぶつぶつ言う。やがて意を決した表情でダグラスは口を開く。


「ソフィア…これがお前の本気か?」


 その言葉に自分の本気がダグラスにあまり届いていない、と思われたのかソフィアは慌てて否定する。


「え…い、いやちゃんと本気を出して戦ったよ?今までに無いくらい体も軽いし」

「いや、本気を出している事は分かっているんだ」

「…え?」


 叱られるかと思っていたが、ソフィアの思っていた不安はどうやら違っていたらしく、なら何なのかとソフィアは疑問を尋ねようとするが、その前にダグラスが口を開く。


「あ〜…いや、俺も結構危ういところがあってな…渾身の一撃も一度流されたし流石に驚かされた」

「え〜っと…?つまり…?」


 結局何が言いたいのか、とソフィアは口を開く。ダグラスはその言葉に苦い笑みで答える。


「お前の本気はとんでもなく凄まじかった」


 

 ***



「ふぅ…少し疲れたかも…」

「だな…俺も久しぶりにこんなに激しく動いたかもな。流石に疲れた」


 2人は再び置いてある岩に腰掛ける。暫くの間沈黙が続いたが、やがてダグラスが口を開く。


「あ〜…えっとだな…普通はこういうのは無いんだが」


 少し恥ずかしそうに言うダグラスに、ソフィアは頭に疑問符を浮かべる。


「俺の使う槍術はルナリウス流って呼ばれているらしいんだ。そこでソフィアにはちょっとした名誉をやろうと思う」

「名誉…?」


 ソフィアの頭に浮かべた疑問符の数が1つ増える。ダグラスは満面の笑みで告げる。



「ルナリウス流槍術『皆伝』の称号をソフィアに与える」



「…!」


 皆伝―――槍に関わらず剣など、流派のある術には『位』が存在する。その最高位がであり、槍士の頂点であるダグラスの使うルナリウス流の皆伝は、公式的な位では無いものの最高の名誉である。

 

「俺に負けたから、とか考えるのはやめろよ?実際少しは危うい部分もあったしな。…これは俺が親だからって訳じゃない。実際にソフィアは力を示して俺が認めたんだ。俺が言うのは恥ずかしいが…誇ってもいいんだ」


 ソフィアにとって嬉しいのはただ名誉を与えられたからでも、皆伝という位を貰えたからでもない。

 5年共に過ごし、師として稽古してくれたダグラスに認められた事に対して最大の喜びを感じていた。


「はい…!ありがとうございます師匠。この先も自主練などを怠らずに、腕を磨く事に慎みます!」


 満面の笑みで告げられた感謝。ダグラスは5年の間で教え、育てた子がここまで成長している事実に泣きそうになるが、それを堪えそっとソフィアの頭を撫でる。



 最強の槍士とその弟子。


 ――5年間の特訓生活はソフィアの皆伝取得により終止符を打つ。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る