1-16《名付け》
「ふぅ〜」
深く息を吐きながらソフィアは、その部屋のベットに腰掛ける。
あの後、ギルドから出るとすっかり辺りは暗くなっており、ソフィアは近くの宿にベット付きの少し高い部屋を取った。
「なんか…いろいろあったなぁ、ほんと」
城門で出会った兵士のバードン、冒険者ギルドでの登録に、武器工房でのガルードとの出会い。
そして突然のルーカスとの戦闘―――
今日だけで色々あったなぁと、しみじみ感慨に浸るようにボーッとしていたソフィア出会った。
ソフィアは手元に置いてある、一本の槍を見る。
―――これからもお世話になると思うけど、よろしくね。
ソフィアはそんな気持ちになりながら、その槍を撫でるように触る。そこで、ふと何かを思い出したかのように槍を持ち上げる。
「そういやお父さんの槍―――『エルサラス』みたいに名がついてるけど、この槍はなんて言うんだろう…」
ダグラスの持つ槍は、ソフィアの槍よりも長く、色合いも真反対の黒をした槍だ。
だが決して禍々しさというのは感じず、樹齢何百年と経つ、金属よりも硬いと言われている枝から加工して造られた槍であり、それは神秘性を感じさせるほどの光沢を放っていた。
一方、ソフィアの槍は『ミスリル』という固さも十分にあり魔力の伝導率は、金属の中でも最高と言われており、魔力の扱いに長けているソフィアには最高の一本だろう。
その槍は、ダグラスとの特訓から1年以上は使っており、ルーカスとの戦闘でより愛着が湧いたソフィアはふとそんなことを考えていた。
「あ…でも父さんも武器の名は自分で付けた、みたいな事言ってた気がする…」
『エルサラス』―――ソフィアにはそれがなんの意味を持ってして名付けられたのかは分からない。だが父さんが名付けたという事を思い出し、ソフィアは色々と察した様子で顔を落とす。
―――って、つまり私がこの槍に名をつけるって事だよね?どうしよう…
取り敢えず見た目に関連するものを考えてみようと、ソフィアはその槍をじっと見つめて色々な候補を浮かべる。
「槍…白い槍…白、白かぁ…よく考えたら私の【氷結】にピッタリかもしれない…?…ならそれっぽいのは、
色々と考えソフィアはふと、属性を知った時に見えたあの光景を思い浮かべる。
「あれは確かに
そこでフッと1つの名が、ソフィアの脳内に浮かぶ。
―――『クリスティア』。
「『クリスティア』…うん。案外しっくりくるかも?…よし、これから貴方は『クリスティア』ね!これからもよろしく!」
それに呼応する様に、その槍の穂先が一瞬淡い光を放つがソフィアは、それに気づく事は無かった。
***
朝。…いや、まだ朝と呼べるかわからない時間帯だ。
まだ日は登っておらず、辺りには暗闇が広がる。当然辺りの家も何処も灯りは付いていないのだが、1つだけ例外があった。
ソフィアの泊まっている宿の一室。当然その部屋の中にいるのはソフィアである。
この宿―――『アメリアの石』はメイジーからおすすめされた宿であり、実際ソフィアも宿の清潔さや、食事の美味しさ、それに似合わぬ価格設定に驚きを隠せなかった。
ソフィアのいる部屋は宿の2階。
灯りを消し、扉を開けて部屋を出ていき、宿を出るべく1階へと続く階段を下る。そこでソフィアは、ん?と1階の厨房辺りで灯りが付いているのに気付き、そっと顔を覗く。
―――あれ?誰もいないような…?
灯りは付いているのに、誰も居ないことに違和感を覚え、その厨房を見渡すようにキョロキョロと目を動かせる。
「ソフィアさん…?」
「ひゃぁぁああ!?!?」
つい厨房だけに集中してしまい、辺りを全く気にしていなかったソフィアは、急に掛けられた声に悲鳴を上げる。咄嗟にバッと顔を後ろに向け、その人物の姿を捉える。
「ってレニーさん…!はぁ…驚きましたよ…」
レニーと呼ばれたその少女は、後ろで纏めた長い茶髪に黒い目をしている。歳はソフィアと同じくらいだろうか。レニーはそのソフィアの様子にクスッと笑みを浮かべる。
「え、レニーさん…?」
「あ!いやすみません!昨日ここに来た時に私と同じ年齢なのに凄い大人びているなぁ〜って思ったんです。だけどソフィアさんの今の反応を見ていたら、なんか可愛くて…」
「…!ちょ、あんまりからかわないで下さいよ!?」
互いに目を合わせ、やがて互いに笑い合う。だがレニーはハッとした表情で人差し指を前に突き出す。ソフィアもそれが何を意味しているか理解し、咄嗟に口元を手で押さえる。
「そうでした…仮にもまだ宿で寝てる人がいるんですよね」
「察しがよくて助かります…ところでソフィアさんは何故こんな早朝に…?」
レニーの疑問に、ソフィアはどう答えようかと考え、口を開く。
「あー…毎日の日課でこの時間帯にいつも走り込みをしているんです」
「そうなんですか…!そういえばソフィアさんは槍士ですからね、なんだかとてもカッコいいです!」
「あ、ありがとうございます…それでレニーさんこそこんな朝に厨房で何を…?」
レニーの言葉に、ソフィアは頬を赤く染めながら、ふと思った事を問いかける。
「私は母さんの手伝いです。母さん、いつも忙しそうにしてて…少しでも母さんの負担を減らす為に厨房の仕事は私が担当してるんです」
「成る程…お互い大変ですね」
「ですね」
再び笑いながらそんな会話が続き、やがてソフィアは走り込みに行き、レニーは厨房で食事の準備を進めていった。
***
『アメリアの石』を出たソフィアは、閑散としているその街中を適当に走る。
当然昨日の昼間のように、賑わっている筈もなく…昨日の姿からは想像も出来ないような街並みだと、そう思うソフィアだった。
―――母さん…か。
ふとソフィアは、先程のレニーとの会話を思い浮かべていた。
―――私の母さん、家族は何処にいるのかな…
ソフィアは未だ見た事も、記憶にも無い実の親の姿を思い浮かべ、そう思い描いていた。
―――この『ソフィア』という名前も…どういう意味で名付けたのだろう…
昨日の夜の白い槍『クリスティア』に影響されたのか、そのような事を考えるソフィア。
―――まぁ今は気にすることじゃないかな。今は今やれる事をしっかりやらないと。
ソフィアは顔を引き締め、その道を真っ直ぐに走り込む。
「ん?」
途端、暗闇だった街中に光が差し込みソフィアは、その方向へと顔を上げる。
「わぁ…綺麗」
街の城門から差し込む橙色の光が、辺りを大きく照らす。それは1日の始まりを知らせる様な、とても神秘的な光だと感じたソフィア。
「こんな景色があるんだ…今までにいた景色とはまた違って…」
―――もっと色々知りたい。そして世界を旅したい。
「なら…もっと強くならないとね。よし、頑張らないと!」
その日の光に反射して、輝くように靡く銀色の髪の少女―――ソフィア。
新たに強くなる為の目標が出来たようで。
その思いは、その少女の背中を押し、少女は前進する。
太陽の方向へと1人走る少女の姿は、今のソフィアの気持ちそのままなのかもしれない。
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