1-15《善戦》

「ふぅ…」


 ソフィアは息を吐き、目の前で剣を構えるルーカスの姿を捉える。


―――出し惜しみは駄目…かな。


「《ヴェンテ充填チャージ》」


 ソフィアの持つ純白な槍が、その詠唱に応えるように黄浅緑色に発光する。

 《充填チャージ》は所謂付与魔法だ。持つ武器に属性を付与することで、威力を上げたり、切れ味が増したりと様々な効果を与える。ソフィアの使ったのは、風属性初級付与魔法の《ヴェンテ充填チャージ》であり、速さを高め鋭さを上げる効果がある。

 この戦いで初めて見せるソフィアの魔法に、ルーカスは警戒をより一層強める。


 周りにいた冒険者達、特に魔法士達にはソフィアのその纏われた魔力に感嘆の声を漏らした。


「なんだ、あの繊細な魔力操作…」

「嘘…彼女は槍士じゃ無かったの…?」

「いや、槍も魔法も両方使えるという事になるだろう。それも相当高いレベルでな」


 普通、魔法と武器を用いた戦闘を極めるのは相当な時間、才能、努力といったものが必要となる。

 何故ならどちらかが欠けたりでもしたら、一気に戦力が下がってしまうからだ。わざわざ魔法士が、剣技を磨こうとは思わないだろうし、戦士も自分の持つ武器に、《充填チャージ》を使う程度の魔法なら使える者は多いが、その魔法はどうしても中途半端になり、その魔法を極めるくらいなら剣技などを磨こうと思うのは普通である。

 

 だがソフィアは普通ではない。特にソフィアに技術を伝授した2人が。

 セレナに魔法について、特に魔力操作を重点的に指導されたソフィアは、その技術を吸収していきセレナも認める程の練度を誇る魔法を完成させていた。

 

―――ドン!


 先程よりも激しい音を立て、地面を蹴りルーカスの元へとソフィアは駆ける。

 《充填チャージ》によって強化された槍と、《リーニア》による鋭い突きは、ルーカスに目掛けて放たれる。


「っ!?《アクアリス・インジェクタ》!」


 その攻撃を避けきれないと悟り、ルーカスは水属性の噴射型の魔法を地面に向けて放ち、水圧で宙に舞い緊急回避する。

 ソフィアは、その水の柱をその勢いのまま貫通していき、ルーカスに背中を晒す。


「《水流シュトロム充填チャージ》」


 ルーカスの持つ剣は、水属性の中級付与魔法により、まるで水流の如く、渦巻くような魔力を纏う。

 背中に隙ができたソフィアに向けて、剣を放つ。そこで対応できないソフィアが、当然負けると誰もが思っていただろう。


―――ガキィィィイン!


 剣と槍が交わる音が辺りに響く。ソフィアは《リーニア》の勢いのまま体を強引に半回転させ、その剣を受け止めたのだ。ルーカスは驚愕の表情を露わにする。

 ソフィアは交わった剣を、滑らせるように受け流し剣を弾く。ルーカスは体が大きく後ろに逸れ、その隙を的確に突くように《リーニア》を放つ。

 それを剣で受け止めるが、その崩れた体勢ではまともに受け止めることなどできるはずもなく。


「くっ!?」


 ルーカスは苦悶の声を上げ、強烈な突きをなんとか受け止める。

 だが《リーニア》は


 即座にソフィアは槍を引き込み、二撃目、三撃目と放っていく。それは先程放った《カドラプル・リーニア》であり、その突きは4つの槍が同時に向かうと錯覚してしまうほどの速さでルーカスに向かっていく。

 それでもルーカスはなんとか受け止めるが、三撃目で体勢が大きく後ろに崩れ、ソフィアはそれをチャンスと見て《カドラプル・リーニア》の四撃目を放つ。


 途端、ルーカスは


 ルーカスは、三撃目で受けた攻撃により倒れた体を、地に左手を付け堪える。

 上体を思い切り反らしたそれは、橋のような形に見えるだろう。ソフィアの槍はルーカスの腹部の上を通り過ぎ、風を斬る音が響く。


―――パシッ


「え?」


 その瞬間、ソフィアはあり得ないといった様子でそれを見る。

 ソフィアの槍の柄には、ルーカスの左手によってのである。

 すぐさまソフィアは槍を回して、その手を引き離そうとするが、


―――槍が…動かない…!?


 ルーカスの左手の力によって、槍はピクリとも動かず、ルーカスは左手を引き込み体を強引に起こす。



「俺の勝ちだな」

「…はい、参りました」


 その言葉と同時に辺りに激しい歓声が響く。


 ルーカスの右手には水色の剣身をした剣。


 それはソフィアの首元に向けられており、勝敗を分けることとなった。



 ***



「本当に危機一髪って感じだったな…ところでアンタいくつだ?」

「えーっと、12歳です」

「マジかよ…」


 ソフィアの言葉にルーカスは、驚きよりも呆れが隠せない様子である。


「ルーカスさんも本当に凄かったですよ。私もかなり本気を出したのに普通に受け止められてしまったんですから」

「いやいや…俺もアレはギリギリだったぞ…?最後も一か八かって感じだったしな。失敗すれば本当にどうなっていたか分かんなかっただろうな」


 ルーカスはその時の光景を思い出すように、何処か遠い目をする。

 ソフィアの四撃目の《リーニア》を避けれたのは、本当に偶然に偶然が重なったことで起きた事なのだ。あと少しでも早くソフィアが、その瞬間を捉えきれていたら…その時は確実に敗北していただろう。ソフィアの戦闘経験の少なさが、ルーカスに勝利を齎らしたと言っても過言ではないのである。


 決着が付いた直後、周りの冒険者達もソフィアの戦闘を称えていた。


「お前マジで凄いな!俺めっちゃゾクゾクしたぞ!」

「あの槍捌き…同じ槍士として尊敬しますね」

「なんなのあの魔力の練度!?魔法も近接戦闘も両方強いなんて反則じゃない!?」

「君本当に可愛いな。戦ってる時の表情も最高に良かった」

「あぁ、戦う乙女っていいよな。…あと少し見えたかも」

「あ・な・た・た・ち?」

「「ひぃぃぃぃぃい…!!!」」


 勝負には負けたが、金IIIではそれなりに有名なルーカスに対し、善戦を示したのだ。

 ソフィアもあの時の感覚を忘れないように、グッと拳を握りしめてその手の震えを感じていた。


「急に戦闘を申し込まれた時は意味が分からなかったですが…私も剣士との戦闘は初なので様々な経験ができました!ありがとうございます」

「っ!?…お、おう!わざわざ俺の我儘に付き合ってくれたんだ。本当は俺がお礼を言う側なんだがな…」


 ソフィアの慈愛に溢れた笑みを向けられたルーカスは、顔を赤に染めて、恥ずかしそうに頭を掻く。


 ――辺りには大勢の冒険者達。その数は戦闘を始めた時よりも格段に増えており、互いの健闘を称えていた。

 その中にはメイジーの姿もあった。突然金IIIのルーカスと、色んな意味で目立つソフィアがギルド内に現れ、地下の訓練場を使うという旨を告げられたのである。

 次第に気になり始めたメイジーは、訓練場まで降りたら繰り広げられていたのはソフィアとルーカスの戦闘。時間も場所も忘れて思わず見入っていた。




 ――既にこの時から、ソフィアの伝説は始まっていたのかもしれない。


 










 


 

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