1-17《人を救う槍》
「もう行ってしまうんですか…」
「ごめんなさい。でもお父さんが待っているので…」
ソフィアは、別荘を出る時のダグラスの顔を思い浮かべていた。今にも泣き出しそうな顔で、1週間程出掛けていた現状とんでもないことになっている可能性があるだろう。
ソフィアは内心苦笑いで、ダグラスの様子を思い浮かべていた。
あれから1週間程、ソフィアはエステルの街を色々見て回り、様々な事を感じたり、体験できたりしただろう。本人も、中々に濃い1週間だと思っているようである。
「あの…また来てくださいね!」
「はい。いつになるか分かりませんが…必ずまた来ますね!」
ソフィアは、レニーにまた来る事を約束し、レニーはその返事に顔をパァっと明るくなる。
だが、レニーは何処か落ち着かない様子で何かを言いたそうにしているのが、ソフィアには分かった。
「…?レニーさん、どうしました?」
ソフィアの言葉に、顔をバッと上げ「あの…」とレニーは口を開く。
「ソフィア…さん…わ、私と…と、友達に…なってくれませんか…!」
思わぬ言葉にソフィアは、ポカンとした顔で惚けていたが、すぐに顔に微笑みの表情を浮かばせて、
「友達…良いですよ。私とレニーさんは友達です!」
「…!ありがとうございます!…あ、あのソフィアちゃんって呼んでも…?」
「全然大丈夫です!むしろ私こそレニーちゃんって呼んでいいですか?」
「…!お願いします!」
この旅は、ソフィアにとって充実した1週間だっただろう。沢山の人との出会いに、戦闘。
そして、互いに友情も芽生えた。
―――友達…初めての友達…!!
…なお、意を決してレニーは口を開いていたが、レニー以上にソフィアは友達という事に喜びを覚えていた。
***
ダグラスの別荘がある村へと続く街道。フィノール村を超えてさらに向こうにある、辺境の街へと続く七番街道をソフィアは歩いていた。その足どりは何処か軽やかに見える。
入門の際にいた兵士の男―――バードンは当然門を出る際にもそこにいた。ソフィアは改めて、ギルドの件に関する礼を告げたのだが…
「お、おう。これでも仕事だからな。き、気にすることなんてねぇよ」
純粋な少女の微笑みは、バードンには刺激が強すぎたようである。
そんな会話を思い出しながらソフィアは、1人街道を歩いていた。季節は冬、天気は良いがここら周辺は冷え込み、多少着込まないと寒いのだがソフィアは、この時期には見合わないような薄着である。
―――『特異属性』って持ってるだけでも変わるものなんだね…
特異属性―――それは、体質にも影響されることの多い能力である。
ソフィアの持つ《氷結》は、文字通り氷を操る能力故に、外部からの寒さには強いという性質がある。人は魔力を持っており、どんなに上位の魔法士でも体から漏れる魔力は、完全には抑えることは出来ない。
ソフィアの持つ《氷結》の魔力が、空気に干渉し相殺し合っているのだ。
逆に炎系統の特異属性持ちなら、暑さに強いなど特異属性とは無意識のうちにも、発動しているのである。
「…あっ」
しばらく街道を歩くこと数分。ソフィアは加工された大きな石のあるスペースを見つける。
「…休憩所かな?一旦そこで昼休憩にしようかな」
***
「ふぅ〜…」
ソフィアは、椅子の形に加工された大きな石に座り一息付く。座り心地は決して良くないが、エステルから歩き続きだったソフィアにとって、座れる場所があるのはそれだけでも重要なことである。
ゴソゴソと、ソフィアは自身の持つバックから1つの物を取り出した。
それは氷漬けにされた食品。勿論ソフィアの能力によるものである。4つの石の椅子に囲まれた中央に、前にここを通った人がやったのであろう焚火の跡があるので、そこを目印にしソフィアも火を起こし、その食品を解凍する。
決して本来の使い方では無いのだが、《氷結》による食品の凍化は、食品が腐るなどの事を気にしなくて済むので、ソフィアは《氷結》を有効活用していた。
解凍されたのは、鳥の魔物の肉を焼き、串で刺したものである。当然、保存食では無いので普通ならこの場では食べれないものなのだが、ソフィアには関係ない話である。
塩を塗し、その焼き串を口に運ぶ。
「…!何これ…凄い美味しい…」
エステルを出るその日に、街に出ていた屋台で適当に買った焼き串は、ソフィアの口にどうやら合っていたようである。ソフィアはもう一本の、氷漬けにされた鳥の串を取り出し、再び解凍しようと焚いてある火に串を持って行こうとする。
―――が、それは1つの違和感によって中断させられる事になる。
「…………血の匂い」
途端に、ソフィアの研ぎ澄まされた嗅覚によって、漂ってきた血の匂いを感知する。
「あと、悲鳴のような声…?西から…?」
当然、研ぎ澄まされているのは聴覚も一緒なので、遠くから聞こえる声や音もソフィアは聞き取れた。
ソフィアはバッと立ち上がり、その匂い、音の方向へと掛ける。
――白槍『クリスティア』を構えて。
***
「はぁぁあああっ!」
1人の屈強そうな大柄の鎧を纏った男が、身の丈程のある大剣を振り下ろす。それは、とある生物の持つ棍棒によって遮られる。
辺りには大量の死骸。―――ゴブリンと呼ばれる魔物の死骸が、大量に散らばっており辺りに酷い悪臭を漂わせている。
「《アクアリス・ランス》!!」
青いローブを纏った魔法士の女が、水で出来た槍を生成しその生物へと放つ。その槍は散らばっているゴブリンよりも大きく、棍棒という武器を用いて戦う―――ホブゴブリンの足元に命中する。
「やった!!」
「よし!!」
残り2人の男女は、後方で待機していたが魔法士の女が決めた攻撃に、歓喜の声を漏らす。
その2人は既に傷を負っており、胸元を覆う軽装備を纏った女は右の太腿に、片手剣を地面に立てている、軽い鎧を纏った男は左の腕元に深い傷を負っていた。
そして悲劇は訪れる。
傷は負っているものの、軽い傷の2人も体力は既に限界は近く、魔法士の女による《アクアリス・ランス》の命中で、少し気が緩んだのか、大柄の鎧を纏った男にホブゴブリンの振るった棍棒をもろに喰らってしまう。
「かはっ!」
鎧を纏ってでも、その一撃は致命傷を与えるに足り、体内の酸素が一気に吐き出される。
「ギラン!!」
ギランと呼ばれたその男は、腹を手で押さえながらも立ち上がろうとする。
魔法士の女―――サーシャは助けようと、ギランの元へ掛けるがバタンと、突然膝から崩れ落ちる。「え…」と震えるような言葉を発するサーシャ。
「魔力切れだ…」
「嘘でしょ…」
魔力が無くなったことによって、体に力が入らなくなり目眩を起こす。魔法士にとって魔力とは絶対であり、それを失うのは死と同然であるのだ。
その間にも敵は徐々に近付いてきており、ホブゴブリンはギランの目の前で棍棒を掲げる。
――それはもう勝利を確信しているようで。
―――あぁ…ここで終わりか…
ギランは死を確信し、力のない笑みを浮かべその瞬間を訪れるのを待っていた。
――カランッ
だがその瞬間は訪れなかった。先程までホブゴブリンの持っていた棍棒は、四つん這いになっていたギランの真横に音を立てて落ち、ボトッという音と共に、ホブゴブリンは血潮を撒き散らしながら地面に倒れる。
「え…?」
突然の出来事にギランは顔を上げる。その表情はとても茫然としており、驚きで染められていた。
「ふぅ…なんとか間に合いました」
そこにいたのは風に靡く銀色の髪の少女。手元には純白の槍を持っており、ホブゴブリンを貫いた筈のその槍には、血の一滴も付いていなかった。
「遅れてすみません。えーっと…大丈夫ですか…?」
その場には似合わぬ少女の姿に、違う意味で茫然と佇む4人であった。
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