1-11《馴染みの》

 あれからは槍に加えて、魔法の特訓も始まった。

 

 セレナはずっと滞在しているわけではないものの、時々ダグラスの別荘に突然現れては、ソフィアの作った食事などを食べに来たり、魔法の細かいところを教えていた。

 ダグラスとの特訓も本格的に対人でやってみたりと、様々な工夫を施したおかげか、ソフィアの成長の度合いもまた加速していっている。

 

 そんなこんなで1年と半年…ダグラスの特訓は2年目になりソフィアも12歳になった。

 いつものように、一面木だらけの開いた空間で休憩をしている中、突然ダグラスは突拍子もないことを言ってきた。


「ソフィア、そのうち街へ行ってみないか…?」

「えっ?」


 本当に突拍子もないことで、何か裏があるのかと考えてしまうソフィアだったが、ダグラスは「いやぁな…」と何処か恥ずかしそうに言う。


「ソフィアも12歳の女の子なわけだしな、ずっと戦闘ばっかりってのもアレだろ?」

「いや、別に大丈夫だけど…」

「俺が大丈夫じゃないんだ!!!セレナに『もうちょっとソフィに女の子っぽいことをさせてあげなさい。あんたいつまでも戦闘戦闘って馬鹿なの…?―――殺すわよ』ってガチの目で言われたんだよ!」


―――あぁ…それが理由ね…


 ダグラスの嘆きにソフィアは、苦笑いでそう思っていた。

 「だが」とダグラスは真剣な眼差しでソフィアに言う。


「まぁ俺も戦いの術だけを学ばせてばかりで、何も買ってあげられなくて、何もしてあげられてないとは思う」

「いや…!別に気にしなくてもいいから!本当に父さんには感謝しているし…父さんと一緒の特訓…楽しいよ…?」


 ソフィアは別に気を遣っているわけではない。これは本心であり、寧ろあの時魔物から助けてくれたのはダグラスで、ソフィアにとっては命の恩人でもあるのだ。

 それにダグラスは不器用ではあるが、ソフィアのこともしっかりと見ており、父親としても感謝しきれない想いでいっぱいなのだ。


 そんなソフィアの嘘も、心の濁りもない澄み切った笑顔でそう言われてダグラスは、「うちの娘が可愛すぎるっ…!」と額に手を当てて天を仰いでいた。

 

 …この2年間で相当ダグラスも親バカと化したのだ。


「それは置いておいてな…ソフィアにはもっと―――『世界』と言うものを知って欲しい」

「『世界』…?」


 急にそんなこと言われても、みたいな表情でソフィアは首を傾げそう発する。

 ダグラスは「そうだ」と話を続ける。


「まぁ本当に世界を知るのは、ソフィアが成人してからじゃないと厳しいが…ソフィアにはもっと周りを知って欲しいんだ」


―――周りを知る…


 ソフィアは、ピンとこない様子だがなんとなく言いたいことはわかるような気がした。


「世の中はいろんな物で溢れてるんだ。何も戦闘だけが必要な世界じゃない。…確かにそれが成り立っているのは、戦う人たちがその街を守っているからっていうのはあるが…もっと色々な事に関わりを持ったり、いろんなことを見たり、経験したり…な。その経験が思わぬところで役に立つことなんて、しょっちゅうあるしな!」


―――見たり、買ったり…うん、何か楽しそうかも。


 そう思案してソフィアはダグラスに顔を合わせ、


「うん!じゃあ私、街行ってみたいかも!もっといろんなこと知りたいし…」

「おぉ…!そうかそうか!それは良かった!」


 ソフィアの言葉を聞いて、ダグラスは心底安心したような顔で頷いていた。

 裏で「セレナに殺されずに済む…」と小さな声で呟いているが、特訓により聴覚も研ぎ澄まされているソフィアには普通に聞こえていた。

 

 ソフィアは何も聞いていない。そう自分に言い聞かせながら、初めての1人旅に胸を躍らせていた。



 ***



 そんな会話をした1週間後、ソフィアは別荘の扉の前で荷物の確認をしていた。


「――よし、これで大丈夫かな?」


 そんなところにダグラスが近づいていき「準備はできたかー?」と口を開いた。


「うん、もう大丈夫だよ!」

「そうか…寂しくなるな…」

「あはは…まぁそんな何年もいなくなるわけじゃないんだよ…?」

「確かにそうだな」


 そう言いながらソフィアとダグラスは笑い合った。そしてダグラスは何かを思い出したのかソフィアに一声かける。


「そうだソフィア、お前に渡したい物がある」

「渡したい物?」


 その問いに「そうだ」と答え「ちょっとそこで待っててくれ」と言葉を残し別荘の中へ戻っていくダグラス。




 それほど時間も経たず、ダグラスは再びソフィアに近づいていった。


「渡したい物はこれだ」


 そう言ってソフィアに『それ』を渡す。


「んー?……ってこれって!?!?」


 渡された『それ』を見てソフィアは、驚愕の顔でダグラスと『それ』に顔を往復させる。


「ああ、その『槍』なんだが…練習中もずっとそれ使ってるだろ?多分ソフィアにはそれが馴染んでいるんだろうな。だからそれは今日からお前のものだ」


 ダグラスから渡された『槍』は、白色の柄に白銀の穂でできた、パルチザン型によく似ており、その見た目からまさに純白の槍と言えるだろう。

 当然これはダグラスが持っていたものであり、特訓用に使っていたらいつのまにか馴染んでいて、ソフィアのお気に入りにもなっている。


「確かに、その槍は私も一番馴染みがあるし、それなりに愛着も湧いてるけどそんな簡単に渡していいの…?」

「いいってことよ!ソフィアの為なら出費は惜しまないからな!それとやっぱりその槍は、昔から使い手がいなかったし使ってくれた方がいいだろう」


―――本当…父さんっていつでも父さんだね…


 この槍に馴染み、愛着が湧いていた事に気付き、その槍を渡してくれた事。

 ダグラスはやはりソフィアの事をしっかり見ていてくれているのだ。

 それに感謝の念を抱ききれないソフィアは、満面の笑みでダグラスに感謝を告げる。


「―――ありがとう…父さん、これは本当に大事にするから…!」

「ああ、是非そうしてくれ」


 ダグラスはソフィアのお礼に、そう微笑みながらそう言う。

 そしてダグラスは外面とは裏腹に、内心ではかなり動揺していた。



―――いやいやいやいやいやいや、うちの娘が天使にしか見えないんだが!?いや天使なのか?そうだ天使だった!ソフィアは俺の天(以下略)


 ダグラスはただの親バカではない。ちょっと『行き過ぎた親バカ』なのだ。これはもう手の付け所がないだろう、哀れである。


 




 

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