1-7《天賦の才》
ソフィアはかなり落ち込んでいた。
それもそのはず、やっと自分が槍士としての一歩を踏み出せると思ったらまさかのそれ以前の問題であると自覚したからだ。
ソフィアには普通の槍を持ち上げるだけの腕力すら、持ち合わせていないのだ。
「んー…取り敢えずは基礎トレーニングから始めてみるか…」
「うん…」
「まぁ大丈夫だ!最初っから全てが出来るなら誰も苦労しないからな。まずは地盤を固めることから始めるのが最適というわけだ」
男と女の違いを見せつけられ、そして違う意味で槍というものを実感したソフィアは、落ち込み気味ながらも頷いた。
「まぁソフィアは見た目通り華奢だからな…
だからって張り切りすぎて体を壊すようなことは絶対にするなよ?体を鍛えるのといじめるのとは全然違うからな」
「うん…!」
―――そうだ、何も今急ぐ必要はない。何事も基礎からしっかりとやっていけばいいんだ…
決意にも似たそんな思いを込めてソフィアは、ダグラスの話を聞いていた。
***
それからは毎日の基礎トレーニングの日々が続いていた。
ダグラスから貰ったトレーニングメニューは、話通り無理のないレベルであったが、それでも普通の女の子よりも全体的に劣っているソフィアは多少厳しいようだった。
それによりソフィアは半年程でそれなりの力を身につけることが出来た。
以前は持たなかった槍は、両手でなら割とすんなりといける程に簡単に持ち上がり、その様子を見てダグラスはその早さに驚きを隠せなかった。
そしてその半年間はただ鍛えていただけではない。
家での生活。朝、昼、晩の朝と晩の食事はソフィアが担当している。ソフィアはこの半年間でかなりの料理スキルを身につけていた。
昼はと言えばダグラスが担当しており、ソフィアによるレクチャーのお陰で味は簡素ながらも料理の腕は上げてきていた。
最初の頃は、どんな野菜も適当にそのまま鍋に入れては調味料すら目分量の域を超えているくらいである。
…もはやそれは料理ではないだろう…
と、ソフィアは予想外の強敵に戦慄気味であった。
***
「よし、そろそろ本格的に槍の指導に入っていくか」
「お〜!」
ソフィアはダグラスの言葉に、興奮を抑えられなかった。
ソフィアは真面目だ。だから毎日の基礎トレーニングも気を休めず、習慣を怠らないように鍛え続けていた。
だがそれは別。あくまで槍を扱う為の第一歩に過ぎない。ソフィア自身もやっと自分が槍を扱えるところまで来たとその瞬間を待ちに待っていた。
「取り敢えず本物の槍を持てるところまではいったが、実際に練習用の槍があるんだ。剣でいう木剣みたいにな」
そう言ってダグラスは竹の棒みたいなのを3本取り出し、それらを上手く嵌め込んだ。
出来たのは練習用の簡易型の槍、竹槍である。
「これが竹槍だ!なんたって昔は一本で持ち運びも面倒だったが今じゃ、組み立て式になってどこでもすぐに用意できるようになったんだ。まぁ普及もそれなりにしているが、考えたのは俺だからな!」
そう笑いながら告げるダグラス。ソフィアはどう反応すれば良いか分からずおどおどしている様子だ。
***
その竹槍は、実際にソフィアが持ってみた槍の半分ほどの重さしか無く今のソフィアだと少々軽く感じてしまうだろう。昔のソフィアならこれでもなんとか持ち上げられるレベルだったはずだ。そう考えると随分と成長したなぁ、とソフィアは感慨に浸っていた。
ダグラス曰くその竹槍は、強度も申し分ないらしい。あくまで竹の範囲内ということではあるが。
ソフィアはそれを持ちダグラスの構えを真似てみる。
―――膝は少しだけ折るようにして…柄を右手で持って左手は軽く添えるように…
そうやって意識して出来た構えを見て、ダグラスは感心したようにほぉ…と息を漏らした。
―――ソフィアは確か初心者だった筈だよな…?毎日俺の練習を見ているとはいえ見るだけでここまでの完成度とは…
そんなダグラスに気づくことはなく、ソフィアは限界まで集中力を高めていた。
―――突き技は槍の中でも一番シンプルな技。だけどシンプルな程に、その人の技量が測りやすいとも言える…
ソフィアも基礎トレーニングとは別に、実際に木の棒を使ったりなどのイメージトレーニングなどもしていた。
そしてそれにダグラスが言っていたこと、やっていたことをまとめ、自分なりに結論を出していく。
そしてそれは放たれる。
―――どんな状況でも狙いはただ一点…!
「はぁぁぁぁあああっ!!」
―――――ヴォン…
ソフィアの全力の突きは華麗に空中に舞った。
空振りと同時に鈍い音をして、辺りに鋭い風圧がかかる。
それを見に受けたダグラスは驚愕の表情でソフィアを凝視していた。
―――まさか、そんなことが
未だに信じられない様子で『それ』を見ているダグラス。明らかにこれは初心者のレベルではない、仮にも10歳の女の子が出せる圧では決してないだろう。
そんなダグラスの様子を気にすることもせず、ソフィアはやり切った様子でふぅ、と額の汗を拭いながらその感覚を感じていた。
―――これが、槍…
剣みたいに横薙ぎに払うような扱い方とは違う、ただ突くための道具。実際に突いた時に感じた風の変化をその身で感じ、ソフィアは未だ感じたことのないこの感覚、そして未だない湧き上がるような感情の変化に震えていた。
やはり自分には槍が性に合うのだろう、と何処か納得したように考え込むソフィアであった。
「はは…」
今までのダグラスの豪快な笑いとは違う、何処か諦めのような…いや、これはそんなソフィアの様子にある意味恐怖的な感情を抱いているのだろう。だが、それと同時にダグラスも湧き上がるような気持ちでいっぱいだった。
「参ったなこれは…」
―――ソフィアのこれから、か…
たった半年でこの技量。残り4年と半年も残っている時点で何処まで彼女が進むか、それを見守り続けていたいと思ったダグラス。
いや、戦闘バカのダグラスは、それとは別にソフィアを世界最強の戦士に育てよう計画なるものが仕上がっていた。
ソフィアは『力』や『体力』も一般の戦士よりまだ低いレベルなのだろう。だがそれは今の突きを見て幾らでも覆せると、ダグラスは確信にも似た感覚を得ていた。
―――ソフィアにはそれらを覆せるくらいの『技』の素質を持っている。
そしてダグラスは、それらを思い浮かべながらニヤリと気味の悪い笑みを浮かべ、
――――――持っている…圧倒的な槍の『天賦の才』を…――――――
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