1-5《鉱山都市》

ガタガタガタガタ…




「うーん…お尻の部分が痛い…」

「はは…そこはもう慣れろ、しか言いようがないな」


 澄んだ風によって靡く草。それが見渡す限り一面に広がる草原である。そしてガタガタと舗装もされていない道を、一頭の馬が引く馬車に乗っているソフィアとダグラス。


 当然舗装もされていない道はところどころに石などが落ちており、振動が多少なりともすのだがまだこれはマシな方だと言えるだろう。

 だがソフィアは、馬車に乗るのが初めてなのでこの揺れには耐性が無いようである。謎の青年から馬車に乗せられたらしいが、その時はソフィア自身の意識が無かったため、馬車に乗ることを感じたのは今回が初だ。

 ソフィアの愚痴を聞いて苦笑しながら話すダグラス。

 一見してみれば旅をしている親子にしか見えない…いや実際親子なのだが、二人にはとある目的があって今この道を進んでいるのだ。


「この先の街の隅に俺の別荘があるんだ。それまで我慢しろ」

「はーい…」


 メルアリード王国の王都メルランから西に進むと着く街がエステルという街だ。

 エステルの近くにはエステリア鉱山やガルド鉱山などがあり、数多くの鉱山に囲まれていることから鍛治士にうってつけの街となっている。

 また、鉱山都市とも言われており数多くの有名な鍛治士を輩出しており、《匠》の称号を得ている者もいる程だ。

 そしてダグラス達がエステルに来たのはその環境である。

 エステルにはダグラスが所有している別荘があり、領の中でも辺境と言えるほど隅にある。

 住宅街にも貴族街にも離れて一軒だけポツンと建つその別荘は、周りに障害となるものも何もないので全力で修行が出来るのだとか。

 そして一部の鉱山では魔物の巣となっている所もあり、実戦訓練も出来るのだ。そうは言ってもソフィアはその件に対しては一切乗り気ではなかったが…


「ソフィアは確か十歳だったっけか?成人の十五歳までに俺が最強の槍士にしてやるよ!」


 そう笑いながら言った言葉にソフィアは目を輝かせてダグラスを見つめていた。

 やがてダグラスは目の前のものを指で指しながら口を開いた。


「おっ!見ろソフィア!あれが鉱山都市エステルだ!」


 ダグラスの指差した方向にソフィアも前を

振り向くと、そこには巨大な城壁があり街全体を囲っているのが分かる。

 大きさ自体はメルランよりは小さいが、流石鉱山都市とも言うべきか壁の造りはとても立派で精巧である。

 

「凄い…」


 思わず感嘆の声を漏らすソフィア。一方でダグラスはそうだろうそうだろうと、まるで自分のように頷いていた。


――――――――――


「わぁ……!」


 鉱山都市エステルを前にして、ソフィアはまたも感嘆の声を漏らさずにはいられなかった。

 

「相変わらずこの街はうるさいな!!」


 流石に鉱山都市ということもあって武器屋などの工房から鳴る鉄の音が凄まじい。

 

「それにしても父さんはまた驚かれてたね?」

「そりゃあな…まぁ俺も多少は有名だからな」

「へぇ…」


―――まぁ…多分俺のこともあるだろうがソフィアもソフィアでなんだよな…


 当然槍星の名で知られているダグラスの事を知らない人はいないだろう。だが、城壁の門前の兵士はダグラスの隣にいた少女を見て口を開けたまま固まっていたのだ。

 本人には自覚はないようだが、その美貌と十歳の出す雰囲気ではない儚さを持ち合わせているのだ。

 誰しも横を通ったら思わず振り返ってしまうだろう。


「よし、まず俺の別荘まで行くか。多少時間かかるが腹は減っているか?」

「ううん、大丈夫。それより早く父さんのべっそう…?行ってみたいかも!!」

「ははは、そうかそうか」


 そんな二人の会話の様子を街行く人々は微笑ましげに見ていた。


――――――――――


 門前から歩いて30分ほど。

 ソフィアとダグラスは目の前の建物の前で立ち止まっている。


「わぁ…!!おっきい!!!」


 大きな建物を前にソフィアは本日3度目の感嘆の声を漏らした。


「いやぁ…ここに来るのも5年振りといったところか…全く変わってねぇな…」


 ダグラスは5年振りに来ても全く変わっていないその姿を見て苦笑していた。


「さて…取り敢えず中に入るとするか」

「はーい!」


 そんな元気な姿を見せるソフィアに、笑みが漏れてしまうダグラスだった。


――――――――――


「わぁ!!何もないよ!!」

「あぁ…そうだな…」

「…?父さんどうしたの?どこか痛いの?」

「あ、ああいや…気にすんな!こっちのことだ」


 ソフィアに悪気はないが、自分の第二の家でもある別荘に対して『何も無い』発言に地味に傷ついたダグラス。だがソフィアは悪くない。何も置かないダグラスが悪いのだ…


―――昔は特訓以外に目的が無かったから何も必要としなかったが…そうだ、今回はソフィアもいるんだ。さて、どうしたものか…


 自分の失態を見誤り、ダグラスはひたすらに悩んでいると、


―――バアァァァン!!


 と、扉から大きな音を立てて女性が飛び出してきた。


「ダグぅぅぅぅぅぅ!!なんとなくそんな感じはしたけどあんたソフィと一緒にいといて槍しか持ってきて無いってどう言うことなのぉぉぉ!!!」


 飛び出して来た女性はメルランで別れた筈の金髪青目の女性―――セレナであった。


「いや、それは俺もちょっと―――ってなんでお前がこんなところにいるんだよ!?」

使って来ちゃった♪」

「『来ちゃった♪』じゃねぇよ!!はマジで心臓に悪いからやめてくれ…」


 何が起きたのか分からずに困惑しているソフィアにダグラス達は気づき、慌てて話を逸らす。


「あ…あ〜…いや、なんでもないんだ!」

「そ、そうそう!こっちの話よ!」

「そ、そうなんだ…」


 何処か腑に落ちない様子のソフィアであったが、それよりも気になる事があったのでその事を一旦放っておくことにした。


「ところで…なんでセレナ姉さんがここにいるの…?」


 単純に疑問に思った事をセレナに尋ねると彼女は苦笑しながら、


「あ〜…見送った後に気づいたのよね…そういえばダグは生活感が全く無いって。幾らダグが戦闘バカだからってソフィも一緒にいるのにあの何も無い家じゃ流石にねぇ…」


 と、セレナがダグラスを呆れたような目でチラっと見ると本人はうっ、と唸っていた。

 思わず溜息を吐かずにはいられないセレナであった。



 












 

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