1-2《救われた少女》

「ダグラスさぁ〜ん!ちょっと速すぎますよぉ〜!」


 レオンの叫ぶような、慌てたような声を上げダグラスはレオンに小声で叱りつけた。


「バカ、あんまり大声出すな。ここにいる小娘が起きちまうだろうが」

「ん?」


 そう言ったダグラスに抱き抱えられている少女を覗き見る。

 少女は眠っていた。魔物からの恐怖が解け、安心したのだろう。

 そしてレオンはその容姿を見て目を見開いた。

 長い銀髪。恐らく腰辺りに届く長さはあるだろうか。森からの光が僅かに髪に反射して淡い銀色を輝かしている。

 瞳の色は目を瞑っているのでわからないが、眠っていてもわかるその顔はまるで人形のように整っており、今まで何十人の美女を見てきたレオンでさえ思わず惚れ込んでしまう程だ。


「なんというか…とても美しい少女ですね…服はボロボロなのにそんなのを一切感じさせないような…」

「ああ、それは同感だ。だからこそなんでこんな小娘がこんなところにいるのかが謎なんだよな」

「確かに…」


 ヴェルド大森林は国内でも2、3位を争う程の危険度を誇る。故に誰も近寄ったりしないのだ。たとえこのような少女がその危険度を知らなくても、この森は国から歩いたら1日以上はかかる。少女の服装は破れているが黒のドレスの様なものを来ており、旅人などではないのは明らかだ。ということは…


「人為的か…?」

「ははは、まさかぁ〜」

「だよな…流石に考えすぎか。何故ここにいるのかは直接本人に聞いてみるしかないな」

「じゃあこの子どうします?」

「流石にここで起きるのを待つのも危ないしな、俺の知り合いのいる宿に行くつもりだ」


 そうして2人はヴェルド大森林を出ることにした。


――――――――――


 メルアリード王国、首都、メルラン。

 南に行けば海という辺境のこの王国は、常に潮の香りが漂っておりとても気持ちががいい。メルランを中心に囲う大きな外壁は、傷が入っているものの年季を感じさせる様な謎の貫禄を感じさせる。

 その外壁には門があり馬車に乗る商人やその護衛の冒険者、旅人、中には豪華な馬車に乗る貴族の者もいる。

 その門の入り口は一つではない。左側の門は『一般』と書かれており、その門に並ぶように様々な人の行列が出来ている。

 もう一方の方は『特別』と書かれており、そこには豪華な馬車と一緒に門に入っていく。

 一般は文字通り冒険者や旅人、商人などが行き来し、厳重な入国審査を受けることになる。

 特別は貴族や騎士団などの高位の者が通る門になり、入国審査の必要はないのだ。

 

「ん…?お、おい、ルド、あれって…」

 

 特別の受付にいる1人の兵士が目の前にいる2人の男と、その1人の男が抱えている少女を見てルドに振り向きながら声を上げた。


「ん…?…え!あの人達って!」


 ルドと呼ばれる兵士はもう1人の兵士―――キースの声に応えるように声を上げた。

 目の前にいる1人は2本の槍を腰辺りに掛け、もう1人の方は身の丈以上の長さの槍を背負い、銀髪の少女を抱えて歩いてきていた。

 

「あれは《双槍》と…《槍星》…!?」


 目の前の2人はメリアルード王国でも、知らない人はいないほどの有名人だ。

 まるで舞うように2本の槍を操る《双槍》。そして槍士の頂点とまで謳われる《槍星》。それにもう片方は何やら銀の長髪の人形の様な少女を抱えているのである。困惑するな、という方が困難であった。


――――――――――


「おう、お仕事いつもご苦労だな!ひとまず急いでるから通らせてもらうぜ」


 ダグラスはそう言うが兵士側は困り果てた顔をしていた。


「いや…《槍星》様と《双槍》なのでいいんですが…」

「ん?」

「その少女は一体…」


 そう、ダグラスは少女を抱えていた。しかも外壁を出る前にはいなかった彼女が、今この時点に此処にいるのも不思議であるが、彼女の着ている黒っぽいドレスがボロボロで、彼女自身も所々擦り傷や切り傷などが出来ているのである。


「…ああ、この小娘は俺達がヴェルド大森林にいた時に魔物に襲われてて俺が助けたんだ」

「…え?少女1人でですか?」

「ああ、1人でだ」

「………」


 兵士の2人、ルドとキースは絶句した。

ヴェルド大森林は興味本位で入っては絶対いけない危険地帯なのだ。その中に少女が1人で無事に生きて帰ってこられてるのはこの抱えている彼のおかげだろう。


「まぁ気にすんな。なんであそこにいたのかは不思議だが起きたら聞くしな。とりあえず行きつけの宿のベットにでも寝かせるつもりだ」

「ああ〜…もしかして『風流亭』ですか?」

「ん?なんだお前知ってるのか?」

「そりゃあ《槍星》御用達の宿屋ってことで…」

「割と有名ですからね〜…」


 風流亭はダグラスが《槍星》と呼ばれる様になる前、駆け出しの頃から愛用しておりそれを知った人々は「風流亭はあの槍星の愛用した宿屋だぞ!」という感じで広まったのである。高すぎず安すぎずの値段設定、食堂で出される定食は『懐かしい味』と言うことで定評があり、室内も質素ながらも決して汚いわけではなく、時代を感じさせる者だ。

 そうしてダグラスとレオンは兵士2人と別れて、門の入り口を入っていった。


――――――――――


 首都メルラン―――の中でも人通りが激しい大通り。その通りの中に『風流亭』と書かれた大きな看板の立てられた建物があった。


「んじゃ、俺はこのまま入って行くけどお前はそろそろ帰るのか?」

「そうですねー、流石に僕がこのままいてもアレですし」

「じゃあここまでだな。今日は案外楽しかったぜ」

「こちらも僕の我儘を聞いてくれてありがとうございました、改めて貴方の規格外さがわかりました」


 『規格外』というワードにダグラスはレオンを睨みつけた。そもそもの事の発端はレオンが早朝に、彼のいる『風流亭』に押し掛け開口一番に「僕と一戦構えてください!!!」と言ったのが始まりだ。

 何故ヴェルド大森林なのかはダグラスの気分だ。それにレオン自身も色々得ることが出来たらしいので良かったのだろう。


「それじゃあな。また会おうぜ、レオン」

「ええ、ダグラスさん」


 レオンとその場で別れ、ダグラスはレオンの後ろ姿を見ながら懐かしむ様な目で見守っていた。


―――俺もあったなぁ…強さを求めて色んな強敵と戦ってきたのは…


 と、昔を思い出しながらそんなことを考えていた。  


「あ〜あ、俺ももういい年だしな…、そろそろ結婚して息子や娘の1人や2人は欲しいもんだな」


 …なんて戦いにしか能がない様なダグラスは目の前の、宿の扉の取っ手を掴もうとしたとき―――


―――ダアァァァン!!


 という大きい音と共に女性が飛び出してきた。


「ダグぅぅぅぅぅ!!!!おぉぉかえりぃぃぃぃぃ!!!ほんとぉぉに会いたかったぁぁぁぁぁぁぁ―――って、ぇぇぇぇぇえええええ!?!?ちょっと、その女の子なんなの!?!?めっちゃかわい―――じゃなくてあんたの隠し子なの!?!?いつのまに結婚してたの!?!?」


 と、なんだか騒がしい女性がダグラスに会いに駆けてきたと思いきや、抱き抱えられている銀髪の少女を見て何やら誤解している。


「いやいやいや!?!?隠し子でもねぇし結婚もしてねぇから!大体戦いにしか能のない俺に結婚なんて出来ないだろう!?」

「そりゃあ…確かに」

「少しは否定してくれ!!」


 と、ダグラスは涙目で訴えた。


「んで?そのボロボロの女の子はどうしたの?」

「魔物に襲われてるところを助けたら安心して眠っただけだ。少し傷があるが大したことはないだろ」

「魔物に襲われたって…一体どこにいたの?」


 彼女の質問に、答えにくそうな微妙な顔をしながらダグラスは口を開いた。


「ヴェルド大森林だ」


 彼女は目を見開いた。そして彼女は誰でも今の言葉を言われたら思わず言ってしまうような一言を言った。





「は?????」












 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る