《氷結》少女の英雄譚
leny
《少女と槍星の邂逅》
1-1《槍士の英雄》
少女は走っている。
薄暗い森の中で少女は、黒い靄に覆われた猪の様な獣に襲われていた。
腰まである長い銀色の髪は、所々傷んでおり、薄暗い森の中で唯一光を放っている金色の瞳には涙が浮かんでいた。
「――っ……!」
それでも少女は走らなければならない。
既に少女の体力は底を尽きており今にでも足を止めたいところだ。
だが状況がそれを許さない。そう、そこで止まってしまったら少女は、
――死んでしまうのだから――
――――――――――
とある森の奥深く、そこにいるのは魔物ではなく2人の男が槍を構えていた。
「――では始めましょう。《槍星》殿」
「いつでもこい、《双槍》」
《槍星》と呼ばれた男は、身長を遥かに超えるほどの長槍を軽々と片手に持ち構える。
対して《双槍》と呼ばれる男は《槍星》には及ばぬものの、身の丈程の長槍を左右に構えている。
そう、《双槍》とは2本の槍をまるで舞の様に扱う彼―――レオン=バルトラ=アルベランのことを指していた。
――ダッッ…
周囲の空気が変わったのも束の間、彼らは同時に駆け出し共に槍を前方に薙ぎ払う様に振り…
――ガキィィィィィン!!
…と金属同士はぶつかり合い、静かな森の中を鈍い金属音で響かせる。
――重いっ…!!
レオンは《槍星》からの一撃を2つの槍で受け止め顔を顰める。
(明らかに1本の槍で出せる重さ、威力じゃない)
彼は《双槍》と呼ばれている。勿論名だけのお飾りでもなく、実際の腕を本格的に評価され始め努力の末に掴み取った栄誉だ。
それ故に自惚れていた――――いや自惚れてはいないはずだ。彼自身も自分が周りよりも評価され、強くなっていることも自覚している。だが彼以上に強い人はこの世界に数え切れないほどいるのだ。だが目の前にいる男の威圧感、そして実際に槍を構えて対峙するときに感じた背筋が凍る様な恐怖心、そして槍がぶつかったときのその重さ、そのどれもが彼と比べると明らかに…
―――格が違う。
と、彼は改めて認識する。それと同時に彼の戦闘本能が盛大に昂っていた。
「おおっ、真正面から受け止めてくるか!」
「本当…とてつもない力です……っね!」
レオンがなんとか槍を弾き、再び互いに距離を取り合い構える。
「…よしっ!まさかお前がここまでとは思ってなかったが俺も気合を入れ直さないとな!」
「えぇ…僕、これでも結構ギリギリなんですけど…」
「大丈夫だ!普通なら大体の武器は今の一撃で折れてしまうからな!ハハハハハ!」
「そんな一撃初っぱなから放たないでくださいよ!?」
だがレオンは、普段なら今の一撃で大抵の武器は粉砕されるであろう攻撃を受け止めたことにより、内心かなりウハウハ状態である。
「っもう…自分から勝負を吹っかけましたけど改めてあなたの規格外さを知りました」
「いや規格外って!?!?」
「だから僕も本気、いやそれ以上の力を出して精精抗ってみせますよ!!!」
《槍星》のツッコミを華麗にスルーしつつ、レオンは再び彼へと駆けた。
――――――――
「はぁ…」
レオンは倒れていた。いや、完封なきまでに叩きのめされていた。
「あんなこと言っといて結局歯が立ちませんでしたよ…これでも一応通り名持ちなのに…」
そう、通り名とは栄誉なのだ。彼と同じく強さを目指し高める者にとっては通り名は、名が周囲に知れ渡り強さの指標ともなる。
「いや…実際お前はかなり筋が良かったと思うぞ?」
「ですがそれが霞んで見える程貴女が規格外なんですよ…」
「だから規格外言うなし!?!?」
そう、あのあとの状況は接戦に見えたがそれでも圧倒的な力量差があった。
だが同時にレオンは、まだ果てぬ強さの先を実感できて内心興奮していた。
「本当、さすが《槍星》っと言ったところですね」
「なあ…さっきから《槍星》って言ってるが、少し恥ずかしいしなんか…そんな好きじゃないからやめて欲しいんだが…」
「なっ…!それ僕意外に絶対言わないでくださいよ!?通り名と言うのは栄誉でありロマンなのですよ!?それを恥ずかしいならまぁ分からないでもないですけど、好きじゃないって…!他の人が聞いたら―――」
レオンの通り名に対する説教は、実に10分を超えていた。
―――――――――
「すみませんでした!」
レオンからの通り名のあれこれを聞いて彼は謝った。同時になんで通り名についてそんな執着心を持っているのか?という疑問もあったが、それは心の内に留めておいた。彼は学ぶ男なのである。
「まぁ…通り名のことはいいとして、互いに戦った仲なんだ。通り名とかよりも名前で呼んでくれよ。ほら、ダグラスって」
「はぁ…わかりましたよ、ダグラスさん。あと僕の我儘を聞いていただきありがとうございました。おかげで貴方達の規格外さが改めて分かりました」
「だから規格外って―――」
これ異常はキリがなさそうであった。
―――――――――
互いに談笑し合って小一時間程、そろそろ街に戻ろうと2人で話し合い、座っていた切り株から立ち上がった瞬間、
「「……っ!!」」
「ダグラスさん、今のって…」
「ああ…悲鳴だな今のは…しかもかなり幼い女の子だ…」
「え!?なんでこんな森に女の子がいるんですか!?っていうかこの森は国の中でも2、3位を争う危険度ですよ!?」
「んなこと俺に言われてもなぁ…」
そう、普通はありえないのだ。レオンの言う通りこの森―――ヴェルド大森林は国内でもかなりの広さを持つ森であり、尚且つ強力な魔物が住み着いているのだ。並の戦士でも返り討ちに遭いかねないのに幼い少女がそこにいること自体が問題なのだ。
そして2人は見つめ合い、意図を理解を示し頷いた。
「よし、じゃあ行くぞ」
「はい」
―――――――――
「はぁ…はぁ…」
少女は未だに走り続けていた。来ていた服も走る最中に枝によって破られている。少女はかなりの距離を走ったつもりだが、一向に森の外に出られる気がしないのは何故だろうか。そして少女は既に諦めかけていた。
(あぁ…もう死ぬんだな…)
そんな複雑な心情の中で、後ろを見ながら走っていたのが災いとなったのか目の前にある巨大な木の存在に気づかずそのまま衝突してしまった。
「いっ……」
顔面からぶつかり思わずぶつけた額を抑えていると、追いかけてきた猪型魔物がすぐそこまで来ていたことに気がついだが、その頃にはもう遅かった。
「グルルルルルルゥゥ……」
「ゃ……」
目の前には猪型の魔物、少女は死を悟り目を瞑って喰われる覚悟をしていたが、
「グォォォオ!?!?」
「ぇ……?」
突然魔物の呻き声が聞こえ、思わず声を漏らしながら顔を上げた。
そこには赤髪の男がいた。手に持っているのは身の丈以上の長さの長槍であり、その槍は、
―――猪型の魔物の腹に貫通していた。
そしてその男は少女を見て一言。
「大丈夫か!?」
そう、それが少女―――ソフィアが見た勇敢な英雄の姿そのものであった。
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