第9話 あの娘とこの娘
「同性に告白されたことある?」
昔聞いたかもしれないようなことを、過去に戻って掘り返して、神経衰弱をするように、一枚一枚並べてみた。
忠実子さんは不思議な顔一つせず、
「あるわよ」
と答えた。
例え「無いわよ」と言われたとしても、とりあえずなんでもよかった。
これは無意味な恋バナなのだから。
だから、トランプを一枚めくり、さぁこい、と、一枚目と違う柄だったとしても、ガッカリはしない。
忠実子さんならば、昔は色んな人から山程好意を向けられていたことだろう。外見もそうだが、この見た目で愛嬌と好奇心たっぷり、おまけに愛犬家で、独身。
今だって。
近所の男性陣から熱烈な視線を受けているのを何度も見てきたが、忠実子さんの持ち前の鈍感さで、異国のダンスを見せつけるように、ふらりふらりとかわしてきた。それを男性陣は皆、ガッカリどころか、「やはり綺麗だな」と、呟いているんだから、やはり男性という生き物は呑気で情けない。
「付き合うなら、同性のほうがいいよね」
「なんなの?急に」
自分の口から声に出ていたことに驚いた。
最初は複雑な心境からぽっと出してみた話題だったが、考えるうちに、だんだんワクワクしてきている自分がいる。
ワクワクという名の高揚感から、言葉が勝手に出ることがあるんだなぁ。
これは、喧嘩を売る時や買う時に思わず出てしまう言葉(または手)などと似ているのだろうか。
いい例えが見つからないのと同じで、私の口は思わず片言になる。
「あぁ。いや、ね。異性っていうか、男性ってさ、子供ばかりじゃない?精神年齢低いっていうか。あくまで統計的に、女性と比べて。職場の年上の上司とか見てると、結構幻滅しちゃうのよね。本気で「カラスは白い」って言い張る人間ばかり。いやいや、間違ってることに対して、なんでそう胸張れるの?みたいな。そしたらさ、男って面倒だなーって思うじゃない。で、気付いちゃった。私多分同性のほうが向いてるかもなー、なんて思い始めてきちゃって。どう思う?」
「唐突な上に饒舌ねぇ。高校の時から彼氏の一人もいないくせに。どこぞの殿方と何かあって?」
一瞬ドキリとした。四年間の過ちを忠実子さんに話せば、どんなに楽かと思うけど、人は慌ててしまうと、咄嗟に誤魔化すほうを選んでしまうものだ。
「そもそも、わたくしの時代は女子校が多かったからかしらね。通っていたのも女子校で」
「幼稚舎から大学院までの、カトリックでしょ。いいなぁ」
「だけどね、当たり前だけど、箱入り娘のお嬢様が8割ほどでね。知っている殿方と言えば、校長とか、体育の先生とかで。それ以外の異性を知らないっていう部分は、やっぱり考えものなのよね。校則が厳しいおかげで、援助交際なんてものはともかく男女交友とかは特に無かったけれど」
「普通にいい学校じゃん」
「普通にいい学校だから、わたくしはターゲットにされたのよ」
「なんの?」
「赤やピンクの薔薇が生き生きと咲き誇る中、一輪だけ淋しく咲いてる青い薔薇に」
なるほど。
「よく、わかんない」
多分、きっと、忠実子さんは学校の隅で儚げに咲く、異国で品種改良された珍しい薔薇だったんだろう。
そして、下駄箱には複数のラブレターがどっさり。もちろん、すべて女生徒から。
男子生徒には、もっと興味がない。むしろおぞましい生き物だ。なんて。そんなことを感じるような生徒だったのだろうか。
「今では共学校になったりして、そんな風習減ったと思っていたけれど」
「ん?」
「どんな子かしら」
「どんなって?」
「愛凛子みたいな変わり娘に告白をした物好きなお嬢さんの話、じゃないの?」
「は!?やだなぁ。違うって。なんなのその別世界のような話ー」
恋バナは恋バナでも、自分に矛先を向けられるとまた話が変わってくる。私の興味は忠実子さんに向けられているというのに。
「あら。たしか、愛凛子が高校の頃だったかしら。「女の子から好きって言われたらどうする?」なんて聞かれた覚えがあるのだけれど。でも愛凛子ったら、その後なんにも話してくれないから、あれはなんだったのかしらーって、ずっと気になっていたのよ」
「あ、あれは、告白ではないけど、周りから、とある子が私のことを好きらしいよっていう話を聞いただけで。告白なんてされてないわよ」
「周り、とは?」
「え?」
「周りにも色々あるじゃない。誰のことかしら」
「まぁ、私と仲の良い女子…少なくとも10人は超えてる子たちよ」
「何よそれ、本人からの告白よりも確かな情報じゃない」
今日は随分、私をからかいたい気分なようで、ずっとお腹を抱えて笑っていた。
「だから、当時、文化祭の打ち上げで、大人数でファミレスに行った時あったじゃない?その時に、皆が思い切って私に聞いてきたのよ。多分ずっと前から話題にはあがっていて、その時に実は…って、聞かされたってだけで」
「ふぅん、なるほどね。それだけ証拠が揃っているなら、確かに、恋愛対象に同性が加わってもいいかななんて満更でもない上に調子の良いことを考えちゃうわよね」
「同性愛者の人に怒られちゃうよ…」
「あら。恋愛は自由よ。性別の相違なんてそんなに重要じゃないって思ってるから、あの時も今もこのような話題を出したのでしょう?」
「あのさぁ…私の話は一先ず置いといてさ。今は、忠実子さんの話が聞きたいのっ」
忠実子さんのジト目が気になるけど、私は一歩も譲らなかった。この話を始めた理由が、不倫が終わったことによる開放感がほとんどだなんて言ったら、またからかわれるか、説教だ。
「参考になるなら、喜んでお話するけれど」
「うん、お願い。あ、お茶なら私がいれる!」
最近は育てているハーブも減り、代わりにミント類が増えた。
私のお気に入りはアップルミントなので、忠実子さんは、アップルミントを中心に育ててくれている。私の為かはわからないけれど、多分そうだと思う。
アップルミントはほんの少し甘い香りがするので、そのまま食べても香りが楽しい。
誰かにお茶をいれるというのは、とても気分が良い。
アップルミントティーを受け取ると、ありがとう、と微笑み、熱いままを口に含む。
「美味しいわ」
ミントの匂いがすると、リオスは決まって、くんくん鼻を鳴らして寄ってくる。「だめ」と言われるのはわかっているので、下手なことはしないけど、どうしても気になるらしい。
「リオスさん。お犬様にミントは、あまり美味しくないと思うよ」
理解したのかは不明だが、長い長い口をパカッと開き、そのまま玄関へ涼みに行った。
変わり者のブルンカは、リオスとは違ってミントには手を出さない。むしろミントが食用という発想すらなさそうだ。
アルバは、言うまでもなく、大人しく、ソファで長い四肢をコンパクトに丸く納めて寝ている。
私はいつもアルバを贔屓してしまう。リオスやブルンカとは違うから。
彼は、忠実子さんとは違う神秘さを持っている。
忠実子さんの話は始まった。
「その子は、小さい娘だったわ。小顔で、鼻が小さくて、目はテディベアみたいなまんまるで、性格も優しくて尖ってない、とにかくまぁるい娘」
「で、名前は丸子さん?」
「あはは。いいえ。でも、丸子さん(仮)ということにしておきましょう。」
まるこさん、かっこかり。
「それで…そうね。周囲からとても好かれていたわ。わたくしみたいな孤独な娘にも優しくて、すべてを受け入れてくれたわ。ずっと仲良しだった。それで、いつだったかしら。確か、大学院にあがった頃かしら。
忠実子さんが好きよ。
とだけ言われて。びっくりしたけど、何故か、すごく舞い上がったわ。それで、その瞬間だけとても強い風が吹いて、とてもいい香りがしたの。彼女の匂いだった。彼女の隣にいる時にいつもしていたから、よく覚えてるわ。よくある匂いなのに、何の匂いだったかしらって、今でも思い出せないけれど。そう。丸子さんは、本当に良い香りの娘だった。」
一つの物語を聞いているはずなのに、買いに来たけど、どうしても見つからない柔軟剤の話を聞いているみたいな感覚だ。
「忠実子さんは、その人のこと、好きじゃなかったの?」
「もちろん好きだったわよ。」
「言っとくけど、これは恋バナよ。恋愛感情があるかどうかって話なの、わかってる?」
「いいえ、正直なところ、当時も今もわからないわ。だけど、好きって言えれば良かったと思う日は何度もあった」
「どうして?」
「彼女だったら…と、考えることが増えたからかしら。彼女と一緒だったら、とか、むしら彼女じゃなかったから、とか、色々ね」
「全然わかんない」
「貴女や、世間の物差しはわからないけれど、もしかしたら恋愛の好きだったかもしれないわよ。でも、友情だったとしても、何も変わらないわ。」
「恋愛だったら、キスしたい、が先にくるでしょう?」
「そうだけれど、それだけではないわ。
好きや愛してるの種類は、たくさんあって当たり前でしょう。どれに分類されるかなんて、仕分けしてみないとわからないじゃない。キスしたいかどうかっていう判断が大切だとしても、強いて言うなら、わたくしは敢えて仕分けしなかったの。」
ここまで聞いても、好きや愛してるなどの言葉が練り込まれていることに違和感があると思ってしまうくらい、とにかく、何が言いたいかわからなかった。
「じゃあ、わかりやすく愛凛子で喩えてみましょうか」
「え、なんで私なのよ」
丸子さんで喩えられなかった話を、私で喩えたら、忠実子さんなりの答えは出るのだろうか。
いや、私で喩えるほうが、答えは難航するに決まっている。
「貴女のことは時々、娘のように感じる時があるわ。でも、孫のように感じる時もある。今みたいに楽しくお喋りしている時には、親友のように感じたりもするわ。貴女が小さい頃言っていた、アンとラベンダー夫人のような、ね」
当時の私は、我ながら良い喩えを出したと思う。今でも「赤毛のアン」は好きで、特に「アンの愛情」が好きだ。
アンとギルバートの長年の恋の花が実る話。
ギルバートは言う。僕は医師になる為に君を数年待たせてしまうことになる。それでもいいかい?と。アンは、もちろん。と頷き、キスをする。
私は待っていられなかった。最後はキスもせず、頬を叩いた。
だって、医師になるのを待つのと、離婚を待つの、どちらがいいかしら。
あぁ、歴史上に今でも残る素敵な物語が、現代の最低の思い出で台無し。
「丸子さんへの感情が恋でも友情でもどっちでもいい。愛凛子への感情もそう。なんだっていいのよ。好きには変わりないのだから。」
「相変わらずまったくわかんないけどさ、そもそも私と忠実子さんの関係って特殊じゃん。家族、友人、ご近所、一つに分類されてない分、何にでも喩えられるから、なんか、ずるいわ」
「あら。ずるいなんて失礼ね。でもそんなもんよ。感情や関係を敢えて仕分けしないほうが良いこともあるのよ」
「その結果、良いことはあった?」
私の頭を小突いた後、私はごく自然に聞いた。
「あったわよ。愛凛子に出会えたじゃない。」
どこかで元気にしている、またはお空へいるかもしれない、丸子さんへ。
忠実子さんが丸子さんへの感情を「仕分け」しなかったことを、貴女はどう思ったでしょう。いや、仕分けってなんじゃい。と、お思いでしょう。スーパーじゃあるまいし。って。
貴女が忠実子さんに告白したということは、丸子さんはちゃんと「仕分け」をしたんですね。
私は、昨日、「仕分け」をしてきました。
この先も何度も何度も、こういう場面に遭遇すると思います。その時、貴女のように勇気を出して、行えるでしょうか。
あるいは、忠実子さんのように、敢えて、しない道を選ぶのでしょうか。
「仕分け」をしなかったから私と出会えたと自信満々に言い張った忠実子さんは、またベランダからアップルミントを摘んできては、この後何杯も何杯もおかわりを要求してきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます