第7話 忠実子と愛凛子
「あら、鏑木さん」
「田中さん。おはようございます。お元気?」
初めて会うご近所さんだった。二人で紳士たちの散歩をしていた時に出会ったので、もう少し向こうの区域に住んでいる方かもしれない。
「お隣のお嬢さん、お孫さんかしら?」
「いいえ。知人の娘さんよ」
「そうなの?とても愛らしいから、鏑木さんのお孫さんかご親戚かと思ったんだけど。」
「まぁ。お上手ね」
おほほ。
御婦人方の談話には、若者は入りづらい。
私は隣でニコニコと笑顔を作ったまま、早く早くとリードを引っ張るブルンカを目で「待て」と言い聞かせる。
いつのまにか私の話題に戻っており、「年齢を聞いてもいいかしら」と尋ねられた。
「先月で26歳になりました」
と答えると、まるで見慣れた景色のように驚かれる。
「あ、あら!ごめんなさいね。高校生くらいかと思ってしまって。…ええ、でも、若く見られて嬉しいでしょう?」
「いえ。子供っぽいだけですよ」
「そんなことないわよ。ねぇ?鏑木さん。とても可愛らしいもの」
「そうね。愛凛子は童顔だものね」
「そうよね」
その場を面白がる忠実子さんと、気まずさを隠しきれないご婦人に対して適当に相槌を打ち、そのままご婦人と別れ、紳士たちの散歩を終え、リビングへあがる。
「私と忠実子さんじゃ、似ても似つかないのにね。」
嫌味かな。とぼやくと、忠実子さんに叩かれる。
「ご好意で言ってくれたのになんで貴女はまたそういう、」
なんと言われようと、私はこの平凡な顔が好きになれないのだ。
親戚中の誰に似てるとも言われず、ただ「愛らしい」「可愛らしい」「親しみやすい」という無難な表現で、傷物に触れないように扱われてきた。
たしかに無難に表現を使えば角は立たない。だけど強気(と見せかけて内弁慶)な私は、わざと言葉の枝の先を何本も何本も尖らせ、いつでも投げられるように戦闘態勢を整えてきた。
中学時代からは、更に武器を揃えた。どんな言葉を用意してきたかと問われれば、返答に困るくらいしか用意出来ていないけれど。
とにかく、こちらはいつでも臨戦態勢なのだ。相手は特に戦闘など臨んでいないと分かっていながらも。
「まぁ、貴女の気持ち、わからなくもないわね。」
「え?忠実子さんが?私の気持ちを?」
へぇー。
わかりやすく不機嫌で平凡な成人女性の頭を叩く、美しい異国の風貌をした老婦人。
「わたくしはこの顔があまり好きではないから、そうねぇ、貴女くらいの孫がいたら、似てほしくないと思うわね」
「えー、なにそれ。美人には美人の苦悩があるってやつ?」
羨ましいこと。
ありゃ、また叩かれた。
「貴女が高校の時、貴女に今とおんなじこと言われて、言い合いしたことがあったわね。」
「そんなの、覚えてないわ」
覚えてる。隣の芝生は青いのよって一蹴にされたっけ。
「まぁ、理由はたくさんあるけれど。この顔だと敬遠されやすいとか、近寄りがたいとか、色々あるじゃない?」
「忠実子さんの顔、親しみやすいけどなぁ」
「それは、わたくしたちの出会い方のおかげではなくて?」
「まぁ、100%それだわね」
話し方も仕草も、どんどん似てきた。
だけど顔はなかなか似ない。母さんや友人、恋人よりも一緒にいるのに、忠実子さんは私よりもずっと若いままだ。
「私だったら、忠実子さんの遺伝子欲しいけれど?」
「あら、気味の悪いことを言うわね」
「だって、忠実子さんに似てたら、フランス人形みたいに可愛いはずよ。まぁ、男の子だったら嫌がるかもしれないけど。ジルベールみたいな美男子が生まれそう。いつか劇団に入れるといいかも。」
「まぁ。貴女がそういうなら、今から頑張って産んで、ジャニーズに入れてもいいかもしれないわね」
「ジャニーズ!!」
忠実子さんは、あははと手を叩いて大声で笑うのが癖になった。
こうして年数が経つと、お互いがお互いの良いところも悪いところも知っていき、それは液体となり、いずれ身体に溶け込むように、似てゆく。
その液体は、血よりも濃いものだ。
そうだ!と言うように、アルバが、ワン!と大きく吠えた。
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