第39話 ドゥリタラーは切られた右腕に

 ドゥリタラーは切られた右腕に魔力を集め始めた。すると黒い靄が右腕に纏わりつき、ビデオテープを巻き戻すように飛び散った血肉や地面に落ちていた肘から先の部分が奴の腕に戻っていき、最後は何事も無かったように奴の腕は引っ付いていた。

 それを睨みつけていたエムは……。やっとわかったというように呟いた。

「時間逆行?!」

「時間逆行?」

 俺はエムが呟いた言葉を拾うけど、エムはそれには答えない。

「闇魔法って時間逆行としたら……、京介が勝つためには、固有スキルのあれを使わないと……」


 なんだ、あれって、俺の固有スキルってニトログリセリンを使ったあれか?

 俺は収納からニトログリセリンの入った瓶を取り出し、数滴、手の平に垂らす。

 そして、その滴を水魔法で空中に留め、右手の人差し指をドゥリタラーに向ける。


「なんだそりゃー? そんな水鉄砲で我を傷つけられるでも思ったか? バカめが、それを我が受け切った時が貴様の死ぬ時よ!」


「笑っていられるもの今の内だ。死ねやー!! ばけものがー!! スキル爆裂!!」

 ドゥリタラーに向けて、スキル爆裂を撃ち出した。


 ドゥリタラーの余裕の笑みが、驚ぎに歪む。とっさに水滴を避けようとしたが、もう完全躱すには遅すぎた。とっさに突き出した奴の左手にスキル爆裂は命中して、奴の左腕は大音響とともに消滅していた。

 それにしてもさすがにレベル90、頑丈にできていやがる。今の一撃で上半身が吹っ飛ばないのは驚きだ。


「ぐぐぐっ、なんだ今のは? どんな魔法を使ったんだ……? ――許さん!! 我が恐怖を感じたなどーー!!」


 怒りをあらわにしたドゥリタラーの左半身に黒い靄が噴き出す。どうやら、闇属性のギアが一段上がったみたいだ。

 だが、その濃い闇に包まれた左半身に左腕が巻き戻されて復活することはない。

 この事実に、ドゥリタラーに初めて焦りの表情が浮かんでいる。


「くっ、この魔法、光属性が全く感じられん。闇魔法で相殺できんのか? 貴様、勇者じゃないのか?」

「勇者? 残念だけど違うな。だか、自慢の再生魔法は使えないみたいだな? もっとも、俺に刃を向けた段階で貴様の死は確定しているんだ!」

 俺は、まだ周りで留まっているニトログリセリンの滴を指先に集める。

 ドゥリタラーの表情は焦りから恐怖に変わった。


「き、貴様― 何をした!!」

「敵に答える義務はない。次は避けられないぞ!」

 一度言ってみたいセリフを口にしたが……、ドゥリタラーにとっては絶好の逃げ口上の理由になったみたいだ。


「ふん! 勇者でなければ、我はお前に興味などない。我が狙うのは勇者の命のみ」

いや、血まみれで言っても説得力ないぞ。だが、俺は眼中にないという様に、ドゥリタラーはコウモリの羽を広げ、飛び立ってしまった。


「「ふーっ」」

 緊張から解放されたサリーとマリーの大きく息を吐くのが聞こえた。

「何なんですか? 勇者が召喚されたと思ったら、魔族の四天王が現れるし」

「そう言えば、勇者のレベルってまだ50ぐらいじゃないですか? 今、さっきの魔族に襲われたら……」

「そりゃあ不味いな。いくら手負いと言え、レベル90だと」

 マリーとサリーの後を受けて、せん無しという感じでエムが言う。

「勇者、死んじゃいますね。京介、どうします?」

 エムに聞かれて、俺は思案する。

「エム、教えてくれ。闇属性って何なんだ? 時間逆行って?」

 勇者より、さっきの闇属性の魔法の方が結局気になったのだ。 

「京介さん、そんなことより勇者を守る方が……、だって、勇者が死んじゃえば、魔物たちの人族への蹂躙が始まるのですよ。そうなると、私たち生きて行けません」

「マリー? うーん……。勇者を救わないと人類を救うことが出来ない。人類が救えないと俺たちも生きるすべを失うわけだな。人間って云うのはつくづく社会とは切り離せないんだよな。

 エム、奴を追うぞ! さっきのことは行きすがら教えてくれ」

 そう言って、みんなに俺はスキル重力制御を掛け、浮き上がり、ドゥリタラーを追って飛び立った。

「スキル重力制御!!」

「それです。その重力制御なら、さっきのドゥリタラーを倒せたのに……」

「スキル重力制御を使っていたら倒せた?」

「そうです。京介は、水滴を飛ばす時、風属性の魔法を使って飛ばしましたね。それで奴に闇属性の魔法を使われたんです。それで、奴に止めを刺せられなかった……」

「――?」

そして、その間にエムに聞いた闇属性とは・……。時間を巻き戻す魔法だった。対象者や対象物の時間を巻き戻す魔法だと云うのだ。

「ばっちり、私の魔眼が捕えました」

「いや、エムは魔眼とか持ってなかったよね」

「私の目に魔法陣が浮かんだ時、それは魔眼なんです」

 そう言って、俺の方を上目使いで見てくる。確かにその瞳の威力、半端じゃないんですけど……。俺はエムからの視線を外すように横に向いて、嘯(うそぶ)いたのだ。

「なるほど、だから、俺の剣や水弾が思たよりも遅かったんだ」

「そう、奴はこの世界の魔法に、闇属性を干渉させることが出来る。だから、水弾を重力制御で飛ばしていれば、奴の心臓をぶち抜いて終わっていたのに!」

「そうだったんだ! でも、なんで俺の固有スキルは闇属性に干渉されなかったんだ」

「それはですね……」

 あっ、このパターンは長くて、難しい話になるパターンだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る