第38話 巣の最深部と思われるところまでやって来た

 巣の最深部と思われるところまでやって来た。さすが、数万のマッドレミングの女王がいた場所だ。その広さは東京ドームぐらいはあるだろうか。その空間の真ん中には、コウモリの羽を持つ2メートル人型の魔物が居る。その距離およそ50メートル。

 下半身は魔物の毛で覆われ、上半身は赤銅色のはち切れんばかりの筋肉の鎧で覆われており、その頭には歪んだ角を持ち、赤い瞳に牙があり耳は鋭くとがっている。

 そして、なにより特徴的なのは四つ足の動物のようにカカトが地面についていない所謂半蹠行(せきこう)と呼ばれるものだ。膝のように見える部分が実はかかとで、膝とは逆に曲がっているところが不気味だ。

 ――とは言え……。


 その姿を見たサリーとマリーの顔色がどんどん悪くなる。そして体全体がガタガタと震えがとまらない。

「んっ、そうしたそんなに震えて? 」

「京介あれを見て何も感じないの? 」

 サリーは涙目になっていて、俺の言葉にやっと俺の存在に気が付いたみたいだ。それほどの圧を感じていたのか。

「感じないもなにも、醜い化け物だとは思う」

「あの口に出すの悍ましい形状を見て、ただの醜い化け物だけ? 私たちはここから逃げ出したいくらいなのに……」

「この肌を刺す威圧感。私の本能が例えようもない危険なものだと訴えています。それは絶望という言葉で言い表せない概念と対峙させられているようです」

 サリーの言葉を受けたマリーの言いたいことはよくわからない。しかし、汗をだらだら流し、その目はすでに同行が全開になっている。

あいつから何か得体の知れないものでも出ているのか? 例えば精神を崩壊させる魔法みたいなものが……。

 そうなると警戒する必要があるか……。

 俺は人型の魔物に向かった。

「お前、ここで何をしている?」

 まるで何か悪いことを企んでいる子供に向かって、オイタはダメだぞとたしなめるような軽い感じで声を掛けてみたのだ。


「ほーうっ、人族風情がわしをみてまだ口が利けるのか? だが、わしにそのような口を利くとは不敬な奴だ。2度とそのような口がきけぬようにしてやろう!」


「ヘっ?!」

 言葉が出る前に、奴の姿が消えたと思うと同時に俺も奴の方に動いていた。

 スキル俊敏マックス

 俺はレーザブレードを抜いたが、奴の拳の方が一瞬早く俺の腹に突き刺さる。それを左手の肘でうけながら、右手のレーザーソードを切り上げる。

 切り上げようとした時、右腕に黒い靄のような物がまとわりついたが、そんなことはお構いなしで切り上げる。

 この間、わずが0・01秒、一瞬の交差の後、お互いに後方に飛び退き、距離を取る。


 奴が俺の腹にぶち込んだ右腕は、ひじから先がない。もちろん、奴の手刀でミスチルの肘当ては穴が空き、あらぬ方向に曲がり、ズタズタになっている。

「ふーっ、初手は5分だな」

「なぜ、わが闇属性の回避が利かぬのだ?」

「闇属性? あの黒い靄は魔法なのか? なるほどな、袈裟切りに仕留めたはずのお前が右手だけで済んだのは……」


「闇魔法が使える……。それって上級魔毒じゃない」

 震えながら呟いたマリーの顔色はさらに悪くなっている。反対にエムの方は魔眼らしき目で鋭く魔族を睨みつけている。

「イエス。そいつのレベルは90、です。おそらく魔王の側近の四天王と呼ばれるものでしょう」


「なんだ? そこの獣人! よくわかってるじゃねえか。お前の言う通り我は四天王のひとりドゥリタラー! 人族よ畏れ慄け!!」

 そう叫ぶと、奴の体からひと際威圧が膨れ上がったようだが……。

 俺はそんなことは気にかけないで収納ボックスからエアーサロンパスを取り出した。もちろん、見た目がエアーサロンパスなだけで、中身は研究室ごと転移した時に、強力な回復剤に変わっている。


 複雑骨折した左腕にエアーサロンパスをシューっと一吹き、みるみる内に傷が治っていく。腕をくるくる回し、手の平をグーパーして痛みや違和感がないことを確認して、ドゥリタラーの方に向き直る。

 そして、派遣先の上司に、一度は言ってみたかった言葉を口にする。


「講釈は終わったか? 三下!!」


「少し回復魔法が使えるくらいで、図に乗るな!!」

 その言葉がよほど頭に来たのだろ。地の底から出るような重低音の声にさらに魔力が加わったようで空気が怪しく振動する。

 それを受けて、サリーとマリーはもう立っていられないようだった。エムが二人を両脇に支えていた。

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