第35話 充希がこの世界に来てから1か月が経っていた
充希がこの世界に来てから1か月が経っていた。
最初の森で、レベル上げだったはずが、魔物のスタンビートに遭い、命からがらの所で、移転時に女神から貰ったスキルのおかげで、誰一人死ぬことなく無事に城に戻ることができた。
それどころか、スタンビートのおかげで予定よりもレベルもスキルも上がっている。
結局、その後は湖に出向き水の魔物、岩山に出向き岩の魔物、火山に出向き火の魔物を狩ることで、風、水、土、火の4属性の魔法をすべて手に入れることができた。格上の魔物に対抗できたのは、ヒイロガネを打ち鍛えた神武の剣とそれぞれの属性魔法に充希が持つ固有魔法の光属性が相乗効果を与えたからだ。
神武の剣に認められた者は神武流剣術の使い手となり、光属性を纏う魔法は放った瞬間に光を纏う。ただそれだけなのに、レベルに比べて威力と命中率が高くなる。
(撃とうと思った所とずれている気がする? それに思っているよりもうち、緊張していない……・ こんなプレッシャーがかかる場面なのに……。気が付いたら、魔物と対峙して、その魔物を断ち切り、返り血を浴びた自分が居る。鼻に衝くのは生臭い吐き気を催す臭い。
非現実的な日常の、悲鳴を上げ、腰が抜け動けなくなる。そんなことを想像していたのに、割と平気でいられる。生きているときはむちゃくちゃ苦手だったはずなのに……・
一回死んで生き返ったから?)
そんなことを考えていた充希もレベルが50になり、いよいよ伝説の勇者の域に達した。いよいよレベル上げの総仕上げとして、キャロラインの提案でついに強力な魔物がいるダンジョンに行くことになったのだ。
「充希、信じられないことにたった1か月でレベルが50になっちゃったし、こうなるとその辺の雑魚モンスターじゃレベルが上がりにくくなっちゃうのよね。もっと強力な魔物がいるダンジョンでのレベル上げが必要になってきました」
(うちは女神から貰った早熟のスキルがあるから雑魚でも十分レベルが上がるんやけどな。まあ、黙っといた方がええやろな……)
「なによ? 黙り込んじゃって。大丈夫よ。龍王はムリとしてもその辺の駄竜だったら、もう単独で撃退できるレベルなのよ。そうなればドラゴンスレイヤーだよ。竜を倒してレベル70になろうよ」
「レベル70って……。それでも魔王には勝たれへんのやろ?」
「だって、そろそろそのレベルの魔族がぞろぞろでてくるだって。グランドクラックにある結界、いよいよ崩壊が始まっていると大聖者様が予言しています」
「魔族の侵攻か……。うちはどうでもええねんけど……。まあ、この国には世話になっとるし、うちは義理堅いしな。それに前の世界じゃ凡人やったから人類最強って云うのには興味が有る。目的があるっていうのはええことや」
「充希、手段が目的にならないようにね。レベル上げは手段であって、目的じゃないから」
「分かってるって。(あれ、うちはなんでこんなこと考えたんやろ。前の人生じゃお金が無くてもそこそこ楽しかったのに……。いつもお金が欲しかったんはみんなと楽しみたかっらで……。――でもこの感覚はちゃうなー。数値化されるとやる気が出るって、どっかの社畜みたいやん)」
思い返せば充希はこの一か月、レベルを上げることに没頭していた。まるでそれがライフワークのように……。キャロライン王女を始め、騎士団の人に色々世話になりながら、前の世界と違ってこの異世界では衣食住に不自由することが無かった。この生活を維持するためにもレベルを上げなければならない。
死んだ世界では、今より生活が良くなることなんて想像できなかったから、諦めて現状を幸せだと思い込んでいた。手の届く範囲の親密性こそが守るべき幸福だと感じていた。
でも、この世界では手の届く範囲が無限に広がってしまったのだ。
しかし、充希は自己成長を実感できるレベルに心の平穏を依存しきっていることに気がついてはいない。
そんな話をキャロラインとしながら、ダンジョンの入り口の前に立っていた。
今回の付き添いは騎士団100人、最下層のヒュドラまで到達するのはムリとしても、中層にはレベル30から40の魔物がごろごろしている難易度Aのダンジョンだ。中層までは騎士団が露払いをして、それ以上の下層になったら、充希が前に出て、騎士団は補助するように指示が出ている。
「騎士団、整列!!」
リオン団長の号令のもと、騎士団100人が隊列を組む。そして、いよいよダンジョンに突入というタイミングでゴゴゴゴッと地鳴りとともに地面が揺れ出したのだ。
「なにか来る?! 何千? いや何万だ!!」
リオン団長が叫んでダンジョンの入り口に向かって身構える。充希の風魔法を使った探査魔法にもその様子は引っかかっていた。
(レベル10を超える魔物が数万……。いや、群れの中心にはレベル25、3メートルぐらいの大物もいる。これが群れを率いているボス。いや、この反応は……。メス、子をなすメスよね。女王と言ったところやな。こいつを倒せば群れは止まるんか?)
充希は神武の剣の柄に手を掛け、何が出てくるのかダンジョンを凝視する。
ダンジョンの入り口は横幅10メートル高さ5メートルほどの洞窟だ。その洞窟から噴水のように噴き出してきたのは毒々しい毛皮が血まみれになりぼろ雑巾のような魔物だった。
「マッドレミング?! 死の行軍が始まったのか……」
{マッドレミング?}
リオン団長の声に聴き返した充希。その充希にリオンに変わって応えたキロライン。
「旅ネズミが魔物化したものです。繁殖しすぎると群れが一斉に移動し、死ぬまでその移動は止まりません。だから移動が始まると死の行軍って言われるんですよ」
「なーる。死を覚悟した大移動か……。(己が傷つくことも仲間が傷つくことも関係ない。ただ本能の命ずるままに死ぬまで走り続けるわけやね)」
そんな会話をしながらも、充希は斬撃を飛ばしてマッドレミングの足止めをしている。騎士団も同様に魔法を飛ばして何とかマッドレミングを足止めしようとしている。こんなものが町に向かえば大惨事だ。
ダンジョンの入り口はすぐにマッドレミングの死骸で埋め尽くされているが、後から押し寄せるマッドレミングにひき肉にされ、血しぶきが対峙している騎士団にも降り注いでいるのだ。
「仲間を糧に、さらに凶暴化してレベルを上げています!!」
マッドレミングは行軍に巻き込まれた人族や魔物を糧にさらに強くなっていく。進化する魔物の集団。とても抑えきれるものではなかった。
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