第30話 充希は白鞘袋のひもを解くと

 充希は白鞘袋のひもを解くと、なんの飾り気もない柄を持ち慎重に鞘から剣を引き抜いてみた。こんな体験は初めてにもかかわらず、不思議と恐怖心もなく、心が刀身に魅入られたのだ。

 やや赤みがかった刀身はまさに伝説のとおり緋色。表面は熱を持った陽炎のように揺らめいている。それが気になって表面に触れてみると氷のように冷たい冷気を纏っている。

(神武ってあの大和朝廷の初代天皇と同じ名前? それにヒヒイロガネってその時代を境に生成方法が失われたっている伝説の金属やん? 初代勇者って日本から来たん? 今から一万年前って時代的には会ってるん?)


 そんなことを考える充希の頭の中に、チロリロリンと軽快な電子音が鳴り響いた。

「神武の剣を装備しました」

「スキルレベル1、神武流剣術を取得しました」

「スキルレベル1、紅蓮剣を取得しました」

「スキルレベル1、飛翔斬を取得しました」

 そして電子音の後、電子的なアナウンスが流れて来た。

 初めての奇怪な体験に、充希の顔が驚愕にかわる。それに気が付いたキャロライン王女は心配そうに頭を抱え込んだ充希の顔を覗き込んでいた。

「どうしたんですか?」

「なんや、頭の中に声を掛けてくるやつがおんねん」

「それはなんて言ってるんですか?」

「スキルがどうしたとか」

「やはりあなたは勇者様だったんです。神武の剣に認められたんですから!」

 キャロライン王女はその場で飛び上がりそうなほど歓喜していた。

 それに代わって充希に訊ねたのがリオン騎士団だ。

「それが管理者の声なんです。管理者にアクセスできたということは、この異世界の住民と認められ、管理者から力が与えられるということなんです。ちなみに管理者からなんと言われましたか?」

 充希はさっき頭の中で言われたことを必死で思い出していた。なにせあまり聞いたことが無い単語だ。

「神武流剣術……、紅蓮剣……、飛翔斬?」

「おおっ、魔物と戦わずしてこれらのスキルを習得されたとは?! さっそく、それらのスキルを試すべきです」

「はあー」

「騎士団員を10名ほど集めろ。城壁の外、カプスの森に出掛ける!」

「は、はっ……」

 リオン騎士団長に問われるまま、聞こえて来たことをそのまま口にした充希。リオン騎士団長は充希の言葉を聞くといたく興奮していた。

 充希の生返事にすぐさま扉の前に立つ部下に外出の準備を指示したのだ。


 ◇◇◇


 訳も分からず王都の外に引っ張り出された充希は、馬車に揺られて1時間後、カプスの森にやってきていた。この森は日本でいえば雑木林になるようだ。色々な雑木は生え茂り、地面は腐葉土で覆われ、あまり草が生えていない。

 この森は近頃、魔物が増えて薬草や魔物狩りで入るのはCランク以上のパーティに限定されているとキャロラインに充希は教えられた。

「Cランク?」

「Cランクはレベル20から30ね。Bランクが31から40、41以上はAランク、50越えは伝説のSランクになります」

「レベル20以上やて! 人間の身体能力の20倍?! それ、人間やめてるレベルやで」

「そうですね。ここに居る騎士団の方々は全員Cランク以上。リオン団長はAランクですので森に入るのに問題はありません」

「いやいやいや、うちはレベル1なんやろ? 問題あるって」

「いざとなれば、私が充希様を抱えて逃げますので、これでも私、レベル15なんですよ」

「あんた、その細腕でレベル15?」

「そうですね。別に筋骨隆々になる訳じゃありませんから、今の体型が崩れることはありませんよ」

「そういう問題なん?!」

 キャロラインの言葉に充希が驚きの声を上げているうちに、一行は森に入っていた。


 森に入って30分ほどした時、10メートル以上離れた草むらから角の生えた禍々しい色をしたウサギが飛び掛かってきた。ホーンラビットという魔物だ。

 充希は身構えることも出来ずに、自分に向かってくる角と吊り上がった目を、見開いた瞳で追うだけだ。

「あかん!!」

 そう思った時、目の前に影が飛びこんできてホーンラビットを叩き落とした。

「充希様。止めを!!」

 怒鳴り声で我に返った充希は槍がホーンラビットに深々とささり地面に押さえつけられているのを見た。

(これが人間を辞めた人達の戦い……。なにが起こったか全然分かれへんかった) 

 恐怖を感じながらも、言われたままに神武の剣を抜きホーンラビットの頭にぶっ立てる。

 充希は自分を害そうとしたものに一切容赦しない。大阪で生まれ育った因果なのか、自分が死んだ時の思いなのかそこは充希自身にも分からなかった。

 とにかく、必死に剣をぐりぐりと捩じり回し、脳みそがぐちゅぐちゅと出てくるのを自分がしている自覚なしで続けていた。

「充希様、もう大丈夫ですよ」

 キャロラインの言葉で正気を取り戻した充希。自分のしていた目の前の惨劇に腰を抜かさんばかりに驚いて、後ずさりその場でペタンと座り込んでしまった。

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