第27話 びくびくするな

 びくびくするな! これは弟のマンガに書いてあった通り。王に謁見した時に、うちはスキル魅了を発動すればいいだけ。

 女神が言ったうちの固有スキルなんやから、誰にだって通用するはず……。

 そうなれば……、

「うち以外の人間には、敵か手下かの二通りしかおらへん(バイ関西のやくざ)」

 思わずつぶやいた言葉に、「なに?」という風に振り替えたキャロライン王女だったんだけど……。

「なんでもない」と充希は返事を返して先を促した。

(危ない、危ない、上手く猫を被って、誤魔化さんとな……)

 さすがは充希は大阪の出身。異世界にも臆することなく、徐々に自分のペースを取り戻しつつある。大阪のおばちゃん譲りの図々しさでこの局面を乗り切ろうと頭を巡らせる。

 そんなことを充希が考えているうちに、立派な扉の前に立っていた。ここが王の謁見の間だ。


 扉の両側に立った騎士が扉を開けると、赤いじゅうたんが大理石の床に道のように敷かれていて、その先に玉座に座った王らしき人がいる。両側には国の貴族然とした重鎮とその背後には帯剣をした騎士団、威圧するオーラが凄くて圧倒された。さすが剣と魔法の世界、いや、死と隣り合わせの世界。これは名だたる不良学校の生活指導の教師なんて足元にも及ばない。


 充希が普通の高校生なら、念願叶った異世界転生、有頂天からの落胆の差が激しいだろう。小心者では、足がすくんで動けなくなってしまっただろう。

 意気揚々からの挫折。高校生ならこれが普通だ。ほとんど同年代以外との交流は皆無と言えるコミュニケーション能力。考えてみても、外国に一人取り残される以上の心細さだ。

 ところが、充希はその辺の高校生とはわけが違った。

 高校生の生い立ちとしては、シビアな大人の世界で生きて来た充希だ。交渉事だってはったりを利かせるくらいは普通にできる。


「スキル魅了」


 女神に教えられたスキルだったが、その場の雰囲気は劇的に一転した。

 元々、王を初めとする彼らも異世界から来た勇者と会うことに緊張していたのだ。言葉や常識が通じるのか? それは会ってみないと分からない。最大限、自分たちを大きく見せようとこの謁見の間をプロデュースしていたのだ。


 そこに放たれた充希のスキル魅了。目の前のソバカス少女が謁見の間に居並ぶポリティーア王国の重鎮たちに好ましいものに映ったのだ。

 それはキャロライン王女も同じだった。充希の方を振り返り優しく微笑んだ。それはでは充希が女としって複雑な表情をしていたにも関わらず……。

「勇者さま、どうぞ、こちらに」


 その柔らかい微笑みを見て、充希は自分のスキルが発動したのを確信して、やっと一歩を踏み出した。

 そうなれば、きっとあの厳つい王様だって充希に好感を抱いたに違いない。安堵しながら、王の前に立ち頭をペコリと下げたのだった。

(やれやれ、最初はやくざの事務所にでも足を踏み入れた雰囲気やったけど……)


「そちが、勇者佐藤充希殿か? わしはポリティーア王国の王、テロス・ポリティーアじゃ。われらの召喚に応じてよくぞポリティーアに参られた。この度のこと感謝する」

「……(いや、感謝すると云ったってまるで感謝が感じられへんし……、大体、この世界に来たのだって、女神に無理やりやし……)」

「今、魔王の復活で、この国は存亡の危機に瀕しておる。異世界の勇者よ。その女神から与えられた力を持って、魔王を討ち果たすのじゃ!」

「……(なに、その命令口調? うちって別にこの国の人間じゃないし……)」

 充希は王の言葉に返す言葉がない。いや、絶対君主制、これがこの世界の常識なんだろうが、うちらは太閤さんの時代から権力に尻尾を振ることなんてない、独自の文化を築いてきたアウトローだ。

ここは大阪人らしく見返りを要求すべきだと考えたが、うちの魅力に参っていてこの言い草。ビジネスライクに徹するのは、こちらが五分の立場にならんとあかん。それまで、こちらから火種を提供することも無い。そう考えた充希は黙って話を聞いている。

 それを是と取ったテロス王は、更に話を続けた。


「そうは云っても、勇者はまだこちらの世界にきたばかりじゃ。今のままで魔王に挑めば敗北は確実。しばらく研鑽を積みレベルを上げてもらわねばならん。こちらのリオン騎士団長に師事を仰ぐように。

 わしの話は以上じゃ。お互いに忙しい身じゃ。後は別室にてリオンにこれからの予定を相談しろ」


 そう云い放つと、充希にこの場から立ち去るように促した。

 

「お父さま、お待ちください」

「なんだ? キャロライン」

「佐藤充希殿は、まだこちらの世界に来たばかりで、この世界のことはなにも分かっていません。わたくしが過去の勇者のお話をすることで、充希さんが少しでも自分のすべきことが分かっていただけるのではないかと思うのです」

「なるほど、確かに……。キャロライン、お前がこの国の歴史についてはよく学んでいる。お前が師事するように」

「はい、お父さま」


 二人の話が終わると、キャロラインは充希の方を向き軽くうなずいた。それを見ていた衛兵はキャロラインの意図をくみ取ったようで、充希は衛兵に従い謁見の間から退出した。


 それで、今度は応接間のようなところに案内され、ここでしばらく待つように言われたのだ。

 佐藤充希はソファーに座ると、次女が紅茶を運んできた。紅茶を一口飲むと先ほどの王との会話を思い出していた。

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