第26話 キャロライン王女は魔法陣の中心に

 キャロライン王女は魔法陣の中心に立つ女性に語り掛けた。

「勇者様、この度はわたくしたちの召喚に答えていただきありがとうございます」

 キャロライン王女は誰もが魅了される微笑みを浮かべ挨拶の礼をとった。

 その微笑みに対して、女は怪訝そうな顔をする。

「勇者? 召喚? あんたらなんやのん?」

 女の問いかけにキャロラインはにっこり答えた。

「わたくしの名前は、キャロライン・ポリティーア。ポリティーア王国の第一王女です。いま、ポリティーア王国内で魔王復活の兆しがあり、魔物が増え国家存亡の危機に瀕しているのです」

「ちっ、そんなんうちに関係ないやん……」

 女は舌打ちをした。さらにここに召喚される前に、会った女神にも言われたのだ。


 女は先ほどまでは、ショートカットにそばかすが目立つ顔で、身長体重とも平均的、容姿も10人並み、どこにでもいる平凡な高校生だった。いや見た目だけで、本人の談では、大阪の河内育ちで、活発な性格で、どこにでも顔を突っ込む巻き込まれ癖があり、自分を不幸体質と嘆く割には、明るく生きている少女だったのだ。

 そんな彼女がコンビニで買い食いをしていたところに、アクセルとブレーキを踏み間違えた車に突っ込まれたのだった。

 フロントガラス越しに見た白髪頭のくそおやじの両目を見開いた顔だけが鮮明に記憶に残っていた。


(くそじじい!! うちを轢いたことを、死ぬまで豚箱で後悔させたる!!)

 

そこから先は記憶の記憶がない。

目の前がまっくらになったと思ったら、次に目を開けた場所は、天井も壁のない真っ白な空間に彼女は立っていた。そして彼女の前には、胡散臭い薄手のドレスに派手な化粧をした女が立っていたのだ。

命一杯、気合の入った化粧に割にはあからさまにがっかりしている様子なのだ。

「ようこそ、転生の間にお越しくださいました。あなたは幸運にも異世界への転生人生を獲得されました」

 彼女はこの女神の一言で自分がどうなったのかをすぐに悟った。そういう異世界転生ものって云うのは弟の持っていたマンガで何度か読んだことがある。

 現実にうちが転生するとは思っていなかった。大体、そんなくだらないことを考えるより、うちはしっかり現実を見据えて地に足をつけて生きているつもりだ。

 両親が経営する鉄道の高架下の5坪の屋台に毛が生えた赤ちょうちんの一杯飲み屋、そして、そこの安酒を飲みにくる定職についているのか怪しげなおじさんたち。彼女の世界にはそれ以外には存在していなかった。

 そんな彼女には、魔法と剣で成り上がるなんてどうでもよくて、日々の生活こそがすべてで、まだ吉本に所属して、漫才で天下を取る方がリアリティがあった。


「うちは死んだんか?」

「はい、死ぬ間際にあなたが思ったこと……。くそじじい!!は最高でした。まあ、残念ながら、あのくそじじい、今ものうのうと車を運転していますけど……。

 その無念さを異世界にぶつけてもらうことでうっぷんを晴らしていただこうと……」

「……、異世界転移っていうのは現実?!」


彼女は異世界に生まれ変われることが現実だと気が付いた。ならば、ここからの交渉が大事、大阪商人のど根性を見せて、少しでもいい条件を引き出し転生しなければならない。

 しかも、金の斧と銀の斧と同じように、女神の心象を良くしつつ善人に見られなくてはならない。彼女は緊張していた。今までの人生で、すぐ無駄遣いやサービスをする両親を叱咤する以外のことを考えたことが在っただろうか?

「なにをそんなに怯えているのです。あなたのバイタリティがあればどんな世界だって生きて行けるでしょう。あなたのような不幸体質の普通の女の子が頑張るのが好きなん国民なんですよ。おしんがそうでしょ。だからこそあなたは選ばれたのです、あなたがこの世界の主役なんですよ」

「うちが主役?」

「そうです。あなたのような人こそが賞賛を浴び、無双することが喜ばれるんですよ。(しかし、男と女を間違えて召喚するか普通?)」

「はあ~……」

彼女はイマイチ要領を得なくて生返事を返してしまう。それも当然だ。彼女はこの世界を作り出した観察者、集合的無意識の存在を理解できるわけじゃなかった。彼女にとっては、ただ宝くじが当たったようにこの世界に巻き込まれただけなのだ。

まあ、実際には車にあたったわけだが……。

「あなたには、まず勇者として光属性のスキルを与えます。あらゆる魔法が光属性を合わせて放てることになります。魔王は闇属性の存在ですから、光属性の魔法で簡単に倒すことが出来ます。それに不幸体質のあなたにはスキル幸運は外せませんね。

 それとスキル早熟、これも外せませんね。大した努力もしないでレベルが上がるスキルです。普通の人の3倍多く経験値が稼げてラッキーです。努力しないで人の上に立ちたいあなたにはピッタリのスキルです」

(なにか、さんざんな言われようだけど……、うちは努力うんぬんより、こんな巻き込まれ体質から抜け出したくて苦労してるんや。でも、楽できそうだからそれはそれでいいか)

「女神様、後……」

「分かっています。今なら勇者特典で、誰からも好かれる魅了のスキルもお付けします。これは人族にしか使えないスキルですが、人気者になること間違いなしのスキルです。疑うのなら手相を見てください。薬指に向かって人気線がくっきり長くでているでしょう。もう、M-1グランプリに出ても優勝間違いなし!」

 女神がどうだと購買欲が刺激されただろうというように、腰に手を当て、胸を張っている。

「(なんか、どこかのテレビショッピングのような話し方だけど……、大丈夫なのかこんな女神から貰ったスキルで? 大体、異世界にM-1グランプリってあるんか?)あのもう少し詳しく転生先の世界のことを教えてもらいたいんだけど……」

 女がそう云うと女神は視線を外した。

「ああっ、もう時間がありません。詳しいことはあなたを召喚した者にお聞きください。異世界の言葉は日本語が主言語ですから。それにあなたに与えたさっきのスキル、これは勇者にのみ与えられる固有スキルですので他の人には明かさないように」

 大事なことをはぐらかしつつ、女神は姿を消すと、周りの白い空間は真っ暗になり、彼女はどこまでも空間を落ちて行った。

 なにか気を失う前に「だって、まさか女だとは思わなかったんだもん」という女神の声を聞いた気がしたんだんだけど……。


 充希が目を覚ましたのが、王宮の魔法陣の中だったのだ。

 目の前には、真っ赤な髪に深紅のドレスをきた美少女がいて、その少女はキャロライン・ポリティーア。ポリティーア王国の第一王女と名乗ったのだ。王女?! そんな高貴で美しい女性が、彼女を憂いを含んだ瞳で見上げている。

「あなたは、なんとおっしゃるのですか?」

 彼女はキャロライン王女に向かって名前を告げた。

「うちの名前は、佐藤充希(さとう、みつき)ゆうねん」

 希望に充ちている名前ということで気に入ってはいるが、男でも女でも使える名前である。(あっ、女神は名前だけ見て、うちを男と思うたんか!)


「佐藤充希様とおっしゃるのですか! なんと勇者にふさわしいお名前なんでしょう。佐藤様、お疲れのところ申し訳ないんですが、すぐに私の父にお会いになってください。勇者様の召喚に成功したことを伝えなければならないのです」

「佐藤様ゆうのはやめてえな。充希でええで、うちの友だちはみんなそう言うてるから。あんたもうちと同じぐらいの年やろ? そんで、キャロラインのお父ちゃんちゅうことはこの国の王様ちゅうことやろ?」

「あの、充希様の言葉、あまり聞いたことがありませんが?」

「ああっ、これって大阪の方で使ってる言葉やねん。うちの産まれたところの言葉なんや。直してゆうても無駄やで。それより名前は呼び捨てでええよ。自分、王女様なんやろ」

「……、いえ、そんな……」

「かまへん。かまへん。それより……、はよ王様のところに案内してえな」


 まず最初に異世界ですることが、王との接見か? 想定通りや。

 みつきはそう考えて、キャロライン王女の後を付いていくのだった。


 長い大理石でできた廊下の両側には、趣味の良い絵画や花瓶などの芸術品が並べられ、贅沢の粋が集められている。その中を田中は、内心ビビリながら、しかし、それをおくびにも出さずに、左右護衛に固められ、キャロライン王女の後を付いていく


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