第25話 素直に詫びを入れた

 素直に詫びを入れた。確かに前の世界でも俺の命の危険だけは少なかったと思う。結果的に不幸を主張した方が勝ちみたいなところがあった。無駄なあがきをするよりは素直に社会のセフティーネットを頼っていれば、最低限の保証はされていたような気がする。

 

 そういった意味では、声を上げた人の勝ちというところはあった。

 彼女たちの場合、身内同然の人が死んでも言っていくところもないし、運が悪かったで済ませるしかないんだ。これが本当の自己責任という物なんだろう。


 なんか雰囲気が悪くなった。ここは話題を変えよう。

「それで、地上では今、どんな感じなんですか?」

「お前知らないの? 1か月ほど前に、王宮で異世界から勇者が召喚されたって大騒ぎだったのに」

「勇者の召喚ですか……」

俺がこの世界にいることで大体予想はしていたけど……。やっぱり、この世界には勇者として、前の世界から来たやつがいる……。


「本当に知らないみたいですね。一体、ダンジョンに何日潜っていたんですか? そういえば奥の方からやって来られたような……。その割には軽装ですけど……」

「マリー、収納持ちだよ。さっきこの服も魔法陣から出していたじゃないか」

「マリーさん、サリーさんが言った通りなんですよ。ちょっと前から、オアシスの方で探索してまして」


 

「オアシスで滞在するって! すっげーなー。京介って冒険者ランクはなんなんだよ?」

「いやあ、ランクって言うのはないかな」

「「はあ~。冒険者登録もしてないって?!」」

二人同時に呆れたようにため息交じりの声がでた。それでエムがとっさに言い訳をした。


「京介は、レベルを上げてから冒険者登録をしようとしていまして、それの方が冒険者ランクも高いのがもらえるから」

「そっか、どこかで修行していたんですね。あの剣筋や魔法はすごかったですから」

「どこで修行してたんだよ?」

「うんと、東の方の島国?!」

「あっ、ジパングですね。あそこって独特の魔法や剣、刀って言うのがあるらしいですし、京介ってここら辺では珍しい黒目、黒髪ですものね」

「そうだな、確か召喚された勇者も黒目、黒髪だと言っていたぞ」

「へえっ、勇者とお揃いなんて光栄だな」

「そうそう、それで、今日は異世界から召喚された勇者のレベル上げのために、このビザール・カブ・ダンジョンの潜る予定ですね。だから私たちも安全を見て同じ日に潜ったんですけど……。まさかマッドレミングの死の行進に当たるなんて……。もう潜っているとしたら、あのマッドレミングの死の行進に遭っていると、騎士団を伴っていると云え、勇者は危ないですね」

 うーん、どうだろう。勇者だって、転生の時にチートスキルを貰っているはずだけど……。

「少し先を急ぎましょうか」

「スキル重力制御」

 

「えっ、何をしたんです?」

「おもしれー。まるで上り坂を下っているように進めるぜ!」

「ちょっと、重力を逆転させてみたんだ」

「んっ……?」

 二人は黙り込んでしまったが、別に隠す必要もない。重力が何なのかを、この二人が知っているかは分からない。

俺はさっさと勇者ってやつの顔を拝んで、俺の邪魔にならないようなら、後は好き勝手にやらせてもらう。すでに俺の潜在的無意識と集合的無意識との覇権争いは始まっているみたいだった。


 ◇◇◇


京介がこの異世界に転移したより少し前、この世界を創造した無意識集合体が望む本来の物語が始まりを告げていた。前の世界が崩壊したと同時に始まった物語は、京介の存在を拒み時間軸を捻じ曲げることで、召喚した勇者に1か月のアドバンテージを作りあげたはずだったか……。


ここは王宮の一室。普段は使われることのない王宮の奥まった場所にあり、大理石を切り出したレンガを積み上げた部屋は、装飾品類は何もなくただ真っ白い壁だけの空間だった。

その空間の真ん中に魔法陣が描かれ、魔法陣の四隅には修道服を着た女性たちが一身に祈りを捧げている。そして、魔法陣の中心には真っ赤な髪に深紅のドレスをきた美少女が、一心不乱に魔力を注ぎ込んでいる。

エメラルド色の瞳は苦痛に歪み、透けるようなほほは高揚して赤く染まり、ほほを流れる汗は顎を伝って魔法陣に滴り落ちている。

ついに彼女たちが注ぐ魔力が魔法陣という器(うつわ)の飽和を迎えたのか、溢れるように黄金の光が立ち上った。

まばゆくなっていく光はやがて人型に収束していく。そして、光が収まるとそこには一人の若い女が立っていた。

それを確認すると、赤髪の少女が力尽きたたように倒れそうになった。それを傍に控えていた侍女が支えている。

 周りにいた文官や護衛の騎士たちは騒ぎ立て、褒め称えた。

「「「やった。勇者の召喚に成功したぞ!!」」」

「「「さすが、キャロライン王女様!!」」」

「皆さん、お静かに」

 疲れた表情の赤髪の女性はそれでも周りに見回し威厳を持った声で騒ぎを鎮める。この赤髪の少女こそポリーティア王国のキャロライン王女であった。


(はっ、勇者って女なんですか?! 勇者を上手くたぶらかして結婚して私が国の頂点に立つ下剋上計画がー。上の兄二人を出し抜く計画がー、ご破算です)

 勇者召喚の先頭に立っていたキャロラインの下心は計画変更を余儀なくされたのだ。

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