第18話 立ち上がった俺を上目使いで

 立ち上がった俺を上目使いで見上げていたエムが立ち上がろうとするので、手を差し伸べたけど、それを無視して立ち上がって、おしりに付いた砂を叩いている。そんな姿にも色気を感じるんだな。

 俺が差し出したままの手をどうしようかと悩んでいると、引っ込める前に、今度は握り、大きく振る。

「レッツゴー、です」

 いや、エムって、俺の好みのツボをちゃんと抑えているなと苦笑いしながら再び洞窟へと足を踏み入れた。


 エムの話ではここからは上層部ということだが、雑魚相手と云えど気を抜くなと注意を受けた。

「そんなこと言ったって、魔物に出くわさないし、気配さえ感じないですよ」

「うーん、どうして?です。確かに静かすぎます、です。それに気になることもあります、です」

「気になること?」

「この辺りから、他の冒険者もいると思うんです……。でもまあ、今までと違って一本道でもないですから……、です」


 確かに、今までほぼ真っすぐな上り坂だった洞窟が、曲がりくねり、それに合わせて横穴の数もかなり増えてきている。

 エムの話では、上層の方は魔物のコロニーへと続く横穴が本線を横切り、迷路のように入り組んでいるらしい。それと言うのもここから本線は登山道のようにらせん状に登っていくようになっていて、その本線にコロニーに向かう横穴が碁盤の目のように交差しているということだ。

 それで本線を間違えると、魔物たちのコロニーに向かうはめになるらしい。確かに今まで直線だった道の続きだから上る方は道を間違えにくいが、降りてくるのは迷いやすくなっているのだろう。

 ただし、ベテランの冒険者は狙った素材のために、あえて狙っている魔物のコロニーへ向かう横道を利用したりするらしい。


 それにしてもこの静けさ、何かあったのか?

 ここまでの道のりで、所々に武具や血の跡が引き摺られたような跡になっている。その後はコロニーに向かう洞窟ではなく本線に沿って続いていた。

「どういうことなの、です?」

「何か嫌な予感がします。先を急ぎましょう」

 俺たちは出口の方に向かって走り出した。


 ◇◇◇


 時間は少し遡る。

 ビザール・カブ・ダンジョンに素材を求めて潜り込んでいた若い4人の男女の冒険者パーティーは異変に戸惑っていた。

 皮の鎧に剣を腰に差した前衛職と思われる男二人を先頭に、後衛職に少女が二人。ローブを羽織った女性は銀色のストレートヘアーに耳は尖って、切れ長のグレーの瞳。その神に愛された造形は人とは一線を画すエルフと呼ばれる種族なのだろう。細剣を差しているがその風貌や種族的特質から魔導士と思われる。

 もう一人の少女は白い修道衣に杖を持ち、ブラウン色の髪はふわりとゆるくウエーブが掛かり、大きなブルーの瞳は少し垂れていて人懐っこさがあり、誰からも愛される可愛らしい容姿をしている。


 彼女らは洋服の素材であるデビルシープの毛を求めてダンジョンに潜っていた。デビルシープは羊のような魔物でその体毛は羊毛より美しく丈夫なため、高額で買い取ってもらえるのだ。

 彼女たちはこの日、ここ2,3日の間に急速に広まった噂話で大規模な騎士団がこのダンジョンに潜ることを事前に知っていた。

 その噂話とは「王宮で勇者が召喚されたらしい。それで、この世界の歴史とか訓練が終わって、ついに実践によるレベル上げをビザール・カブ・ダンジョンで行うことになった」という噂なのだ。

 元々4人は何度もこのダンジョンには潜ったことがあった。それにデビルシープのコロニーに続く横道も熟知している。色々な魔物が闊歩する本道より、デビルシープのテリトリーであるコロニーに続く横道の方が安全であり、確実にデビルシープに出会える。

 デビルシープは気が弱く臆病なため、それほどの脅威はない。しかし、群れる性質があり集団で襲われれば命が危ない。

 そこで勇者と一緒にダンジョンに潜る騎士団だ。

 さっき、この先の広場で騎士たちが整列している場面を目撃した。騎士の数はパッと見でも100人は下らない。

 彼らがダンジョンに入れば、上層に居る魔物たちは警戒して自分たちのコロニーから出てこなくなってしまう。そうなる前に警戒や斥候役のデビルシープを狩っていく。万一、群れや危険な魔物と出くわしても、すぐ後ろには勇者を始め騎士団がいる。そこまで逃げてくれば……。

 命を守るための最良の選択だったはず……。


 だが、3時間ほど前にダンジョンの地底深くから、地鳴りを伴う地響きがあってから魔物たちの警戒度は一気に上がっていた。不幸にもこのパーティはその中に入り込んでしまったのだ。

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