その三

『それで、早川さん、あなたはどう思っているんです?』


 俺は泰の方に話を振ってみた。

 彼は相変わらず硬い表情を崩そうとしなかったが、


『正直言って、”あのひと”を呼ぶのは今でも抵抗があります。でも、彼女や彼女のご両親の意向もありますしね』相変わらず他人事のような口調で言い、

そしてまたしばらく押し黙り、

”もし見つからなかったら、それはそれで構わない。仮に見つかっても、向こうが出席したくないというのならば、その方がいい”と、冷ややかに付け加えた。


『お願いします。彼はこう言っていますけど、探し出して上げてくれませんか?いえ、両親の意向はどうでもいいんです。彼と私が幸せになったところを、お義母かあ様(そういいながら、少し彼の目を気にしていた)に見て頂きたいんです』

 由美はそう言って、俺に頭を下げる。

『・・・・承知しました。引き受けましょう。探偵料は一日六万円と必要経費。他に万が一拳銃など、武器が必要な事態に遭遇した場合は、危険手当として四万円の割増料金を付けます。その他詳しくはこの契約書に記してあります。納得が出来たらサインをお願いします』

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 俺はまず泰の母親の美奈子が残していったメモに記されていた、

”最初の住所”を訪ねてみることにした。


 当り前だが、もう十年以上前の事だ。

 あてになる筈などないのだが、それでも今のところ手掛かりはこれしかない。

 しかし、事はそう上手くは運ばないものだ。

 

 思った通りだ。

 件の住所には元々一軒家だったのだが、今ではすっかり様変わりして、ごくありふれたマンションが建っていた。


 俺は管理会社の番号を調べ、かけてみたが、

”元の持主は三年前にこの家を売り払い、別の場所に引っ越した。その後の事は分からない。”という、つれない返事が返って来ただけだった。


 仕方ない。

 こうなると頼りになるのはご近所しかない。

 俺はマンションの近くの、なるべく古そうな家を、軒並み聞き込みにあたった。


 いい加減、足が棒になりかけた頃、ビンゴを引いた。


”ああ、長田さんのご夫婦でしょう?”

 その家の主婦はすぐに答えてくれた。


”ご主人の方がかなり年下でね。ひょろっと痩せた若い人でした。奥さんは年の割には若作りで、結構尽くしていたみたいで、初めのうちはとても夫婦仲は良かったんですけどね”

 主婦はそこで言葉を潜めた。

”奥さん、流産されたんですよ。その後お医者様から、これ以上子供を産むのは難しいって言われたとかでね。その頃から段々険悪になっていったみたいなんですよ”


 結局、今から八年ほど前に夫婦は離婚して家を売り、それぞれ別の場所に引っ越してしまったのだという。


”私奥さんとは割と仲が良かったものですからね。何回か年賀状やら、暑中見舞いのやり取りなんかをしていたんですけど、最近はそれも途絶えがちになって。ご主人の方ですか?確か静岡の出身だったと思いますが、詳しくは分かりません”


 彼女は”ちょっと待ってくださいね”といい、家の中に戻ると、一枚の葉書を持って戻って来た。


”今年の年賀状です。これが一番新しいものなんですけど”といい、俺に見せてくれた。


 差出人の欄には、東京都千駄ヶ谷の住所が記されてあった。

 俺はその葉書を写真に撮り、東京に取って返すことにした。


 今度もあまり当てになるとは思えないが、僅かな手掛かりであっても、徹底的に調べるのが探偵と言うものだ。



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