自転車

 一階の駐輪場には誰もいなかった。


「あ、腕にするやつ置いてきちゃった」

「どうせすぐでしょ、だいじょぶだよ」

「えー」でも取りに帰るのもめんどくさい。


「まいっか。きよこ、うしろ乗せて」

「たみこ自転車あるじゃん」

「だって暑いし」

「うちだって暑いよ」

「暑いのはひとりでじゅうぶんじゃん。ね、お願い」


「意味わからんし」といいながらも、きよこはわたしが乗るのを待ってくれた。

 パーカーを脱いで、わたしのキャップをかぶっている。

「マスクはいいよね」

「まあ、自転車乗ってるときくらいはね」


 日陰でも蒸すのに、日なたに出ると一気に暑さが爆発した。焼かれているみたいだ。


「たぶんいま、肉汁出てる」

「うん」

「外はこんがり、中はジューシーだよ」


 マンションから道へ出るゆるやかな坂を、きよこは立ちこぎで登った。


「どっち?」

「薬局? コンビニ?」

「薬局がいい」

「じゃ、こっち」




――――――――街はいつもと同じ顔なのに、人影と車だけがなかった。


 誰も待っていない道路で、信号が意味もなく赤になり、青になった。


 無人の街は強い陽射しに照らされてなんだか白っぽく、三〇度を超える気温なのに、どことなく寒々しかった。


 この世界で動いているのは、きよことわたしだけだった――――――――




 …………なんてことはまったくなくて、ふつうに車は走っていた。人は少なかったけど、それは単に暑いからだと思う。


「人類、滅亡してないねー」

「うん」


 大きな通りに出たところできよこは自転車を止めた。信号は赤だ。

「国道ってこれ?」

「これちがう。向こうに信号あるじゃん。あの大きい道。歩道橋があるとこ」

「あー、ゴリラいるね。ずっとあっちのほうでしょ」

「いや、あっちだよ。むかしゲーセンあったとこ」

「ゲーセン?

 あ、ゴムってスーパーに置いてるかな」


「なんで?」


「セルフレジでしょ」


「ああ。ポピーズまでいく?」


「うーん。やっぱいいや。なかったら遠回りだし」


 信号が変わった。

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