地獄
「あんた、さっきから死にたい死にたいいってるからいうけど」
わたしはベッドの上で座り直して、きよこにいった。
「わたしね、自殺するのはありだと思ってるんよ」
きよこはまゆげを ω の形にしたけど、わたしは話を続けた。
「別に、死にたいやつは勝手に死ねとかそういう意味じゃないよ。じゃなくて、死ぬよりつらいことってぜったいあると思ってるから。
死ぬよりつらいことなんてあるはずがないとかいう人もいるけど、その人だって死んだことあるわけじゃないじゃん。つらさだって人それぞれじゃん」
「うん…………」
「キリスト教のおしえだと、自殺したら地獄に落ちるのね」
「うん?」
「いじめでも失恋でもなんでもいいけど、その人がほんとうに苦しくて苦しくて苦しくて苦しみ抜いて、もう自殺しかない! ってなったときにね、神さまから
『自殺したら地獄行きじゃー』
っていわれたらどう思う?
その人はもう現世に逃げ場がないんだよ? せめて死んだあとぐらい、幸福とはいわないけどさ、無とかになりたいじゃん?
神さまだって別に、つらいことをなくしてくれるわけでも、幸せにしてくれるわけでもないじゃん。結局は自分で解決しろっていうだけじゃん。
きよこだったら、そんなんで救われると思う?」
きよこはわたしの話をまったく理解していない表情でいった。
「たみこ、だいじょうぶ? なんかあった?」
「なんもないよ。
…………とにかくさ、自殺するのはいいけど、わたしは手伝わないからね。
あと、するときはぜったい黙って死んで。
聞いちゃったらわたし、止めたくなるじゃん」
きよこが死にたいときに止めるっていうのは、きよこの望みをじゃまするってことじゃん。
でも……………………。
でも、ほんとうは、ぜったい教えてくれなきゃイヤだ。
きよこが苦しいときに気づいてあげられなかったって後悔するのもイヤだし、きよこがわたしに相談してくれなかったってあとから知るのもイヤ。
なにより、きよこのためになにもできないんだったら、せめてその苦しみをちょっとだけでも分けてほしい。
たとえきよこが死ぬのを止められないとしても。
でも、きよこが自殺しても、わたしは後を追ったりなんてしないから。ごめんね、きよこ。
「はあー。なんかどうでもよくなってきた」
きよこは背すじと足を伸ばして、天井を見上げた。
「もう『死にたい』とかいわない。ありがとね、たみこ」
ご主人さまのいうことをまったく理解していないくせに、しっぽだけは元気にふっている犬みたいな目で、きよこはわたしを見つめた。
別に、あんたのためにいったわけじゃないんだけどね、きよこ。
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