第12話顔はひとつでいいのでは?

「薫君。これはどうでしょう?」


『タカリ屋さん』が手元のリモコンで地下三階の『タカリ屋さん』の部屋にある大きなテレビをつけた。パソコンの画面がテレビに表示される。『スマホをテレビで』のやつだ。確か、『ワイヤレスディスプレイ』と言うやつ。そこには「今の時代にSNSで『誹謗中傷』をするやつはただの卑怯者。リアルに満足してないやつが自己承認して欲しいだけ。ただの『カス』。『カス』と会話は無理。ただ、『カス』には容赦なくいく。法的手段をとるよ」とよくツイートしている芸能人が。


「どうでしょうって言われても。今はこういう声の大きい人がそう言っていかないと根本的に変わらないんじゃないかなあ」


 昨日、『タカリ屋さん』とラインの交換をした。そして翌日である今日、学校が終わる時間に待ち合わせて、昨日と同じように車で『タカリ屋さん』の家に来ている。


「じゃあ、これはどうでしょう?」


 大きなテレビ画面に映し出されるエロアカウント。DMで卑猥な写真や動画を送るよう、相手にしつこく要求している。それも女性らしきアカウントなら年齢やそのアカウントの持つ趣向性など問わず。


「出会い房とは違う別の害悪アカウントだね。今はDMを開放している人も多いし。フォロワーもいないし、フォローもエロ系が多いし」


 『タカリ屋さん』は『母上殿』が用意してくれたお菓子を一人で食べながら赤いコーラでげっぷを繰り返している。


「これ、二つのアカウントは同じ人のものなんです」


「え?」


 僕は『匿名』をはき違えていた。同時に、なるほどと言う思いを強く持った。


「ネットやSNSで顔出ししている人や実名を出されている著名人にも『匿名』は存在するんです。著名人は『無敵』だと思ってました?『物書きの端くれさん』」


 『タカリ屋さん』は僕をからかう時には僕を『物書きの端くれさん』と呼ぶ。そして今のところ分かっていることは『タカリ屋さん』はネットでの個人特定に必要なIPアドレスを自在に見れるようであること。


「確かに人は表の顔と裏の顔を持つものだと思うけれど。それは当たり前のことなんじゃないかなあ」


「じゃあ、この人を『脱がし屋』に『晒して』もらっていいですか?」


 僕は即答出来ない。だって、僕も表の顔である健全なアカウントと裏の顔であるエロアカウントを使っていた。そんな僕にこの人を裁くことは出来ないし。責めることも出来ない。


「それは都合のいい正当論ですか」


 『タカリ屋さん』は僕の心の中なんかお見通しなんだろう。


「でも昨日、『タカリ屋さん』だってこういうの大好きって言ってたじゃないか」


「言いましたよ。大好きです」


「煩悩は誰にだってあるものじゃないかなあ。この人がやっていることは相手を問わずに巻き込んでいる意味で大問題だけど」


「確かに。薫君はそう言う意味では『見る』だけですしね。アクションは起こしてません。だからセーフだと思います。問題はそこですか?」


 僕の心の中にモヤモヤが。でもそのモヤモヤのはっきりした正体は分からない。『タカリ屋さん』が明確に言語化する。


「この人もそうですが。表の顔と裏の顔を使い分けるのが問題だと思いませんか?本当に正直な人なら同じアカウントでこれらの行為をすべきだと思いませんか?」


 ツイッターはアカウントを使い分けることが出来るから便利なことが多い。でも『タカリ屋さん』が言うことは真実だ。町の本屋さんで参考書は堂々と買えるけれど、エッチな漫画なら堂々と買えない。そういうことだ。


「『この子』を見てください」


 そう言って『タカリ屋さん』が一台のスマホを僕に差し出した。画面を見るが普通のアンドロイドスマホのホーム画面。


「『この子』ってどれを見ればいいのかなあ?」


「『この子』です」


 『タカリ屋さん』がそういうキャラクターだとは昨日から分かっていることだけど。何か意味があるのだろう。それだけは分かるけれど、意味が分からない。手渡されたスマホを弄ってみる。SNSアプリもいろいろ入っている。設定画面からかなり最新のものであることが分かった。でも意味が分からない。


「『この子』を『物書きさん』に預けます。大事にしてあげてください」


 ようやく意味が分かった。『タカリ屋さん』はスマホを『この子』と言っていたのだ。僕は発想が面白いと思ったのでラインメモ帳に書き込もうとする。


「『その子』も大事なんでしょうね。でも『この子』はとても優秀ですよ。それで話を戻します。この人は『裁く』べきでしょうか?僕だけなら迷わず『脱がし屋』にそのことを伝えてボタンを押してもらってましたが」


 僕の力が必要な意味がぼんやりと分かってきた。僕はハッキリと言う。


「それじゃあ、この人を『晒す』のはダメだ」


「何故ですか?」


「この人は『正義』も持っている。それに裏の顔を使い分けているし、人に迷惑をかけているけれど限度を分かっていると思う」


「そうなんですか?もし、この人にまだ自己判断がつかないぐらい幼い人が自らの卑猥な画像や動画を送ってしまったら?それを悪用しない保証はありますか?それに一度味をしめたら同じことを人間は繰り返します。有名な方が過ちを犯し、『もう二度と過ちは犯しません』と反省し、時間が経てばまた同じことを繰り返すのを僕たちは何度も見てきませんでしたか?それにこんなに有名な人が『晒される』ことで同じようなことをしている人を抑止することになりませんか?それでもこの人を『物書きさん』はかばうのですか?」


「かばうのとはちょっと違う。もし、この人を今『晒せば』、この人の大きな声は信用を失う。そうするとこの人はどうなる?」


「『脱がし屋』は本来そういうものではありませんか」


「じゃあ、昨日の『タカリ屋さん』の言葉だ。『暴走する兄を止めて欲しい』と言ったよね。『脱がし屋』の中の人である『タカリ屋さん』のお兄さんを止めることは『タカリ屋さん』を止めればいいことだ。そう意味での反対だ」


 『タカリ屋さん』が微笑む。


「それじゃあ、この人を『脱がし屋』に『晒させる』ことはやめにします。ありがとうございます。僕は今とてもホッとしてます。こんな感覚は初めてですね」


 『タカリ屋さん』はこれまで一人でこういう判断をしてきたのだろう。それは精神的な負担がかなり必要となる。『タカリ屋さん』のメンタルが並大抵なものではないことぐらいは分かる。それも十八歳の少年にはとても普通じゃやれないことだ。

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