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 それから俺達はここまでの出来事を彼に長々と話し始めた。魔界に送り込まれたことから、試練の事、それからヴォルナードとの決闘まで。あまりに長くなってしまったのでリッカは眠くなって帰ってしまったし、全て話し終える頃にはうっすらと日が昇り始めていた。彼がやってくるまでのことを話し終えると、しばし考え込むような時間をとった。

『ふむ……獄魔王相手に、よく健闘したものだよ。だが、少し腑に落ちないな……確かに君達は健闘したが、それであの焔獄魔王をあそこまで精神的に追い詰めることができるのだろうか……』

「それは……」

 俺は自分の手に付いている、もう半ば馴染み始めた真っ赤な宝石に目を向ける。

「こいつのせいかもしれません」

『それは君の王石だね? 戯式フォーマーは確か、≪再戦リベンジャー≫。死んでから生き返る能力、ではなかったのかい?』

「はい。……でもその、まだはっきりとはわからないんですが、それだけじゃない気がするんです」

『ほう。と言うと?』

 少し口ごもりながらそれに答える。俺にも確信があったわけじゃなかった。

「たぶんそれだけじゃない。俺が思うに、これは死んでから生き返る……そして『発動させた相手にその分恐怖を感じさせる』戯式フォーマーなんだと思います。だからあの時、ヴォルナードはあんなにも怯えていたんだ」

 そこまで話すと、リストとつくもが仲良く噴き出した。

「ぶふっ! お、央真っ! お前戯式フォーマーを使ってまでその顔恐くするのかよ!」

「あっひゃひゃひゃひゃっ! 央真さんの顔の恐さは底なしですね!」

「お前らうるさいぞ! そのおかげでアイツに一発叩き込めたんだからな!?」

「でもそのせいでアイツぶちギレだったじゃないですかー」

「なー。今度ばかりは死ぬかと思ったよ」

 俺がその恐い顔をさらに恐くして二人に詰め寄ろうとするのをエルフェリアスが押し止めた。

『まぁまぁ、いいじゃないか。獄魔王を怯えさせるなんてことはそんじょそこらの者ができることではない。誇ってもいいくらいだ』

 残念ながら天地がひっくり返っても、また魔王が襲ってきたとしたって顔の恐さなんてものは誇りたくなかった。

『それで、君はこれからどうするつもりなんだい。閻魔大王様の褒美を蹴ってまで魔界で生きることにしたんだろう?』

 それに俺が言葉を返す前に、つくもが割って入った。

「そりゃあこれからもウチでのんびり過ごせばいいんじゃないですか? 央真さんがお母さんの手伝いしてくれれば私楽できますし」

「いや、でも……」

 俺はエルフェリータの魔王の顔を窺った。そう簡単に事はいかない気がしたのだ。

「俺は今回の騒動でエルフェリータに迷惑をかけちまったし、人間だってことも町中に知られちゃってるしな……あんまりいない方が……」

『確かに、人間が町にいるとあれば混乱は免れないやもしれぬ』

 彼は深く悩ましげな呻き声をあげた。俺はそれに落胆しかけたが、次に聞こえた彼の声は大層優しいものだった。

『だが、君はもう人間ではないではないか』

「いや、俺は……」

『君は既に魔界の者だよ。その指先に宿る王石が何よりの証だ』

「それじゃあ……!!」

『あぁ、エルフェリータは魔界の者は大歓迎だ。そうでなくても君は町を守ってくれたのだ。君がヴォルナードを食い止めてくれていなければ、町が奴の手に落ちるまでに私は間に合わなかっただろう。エルフェリータの魔王として、君に住んで欲しいくらいだ』

 その言葉に胸を撫でおろす。魔界が過酷な場所というのはもううんざりするほど学んだ。あの町にいられるのならこれほど助かることはないだろう。それに、エルフェリータにはもうかなりの愛着も湧いてしまっていたのだ。あそこを離れろと言われてしまえば少なからず悲しさがある。

 そしてエルフェリータの魅力に気付けたのは俺一人ではない。俺は彼に頭を下げる。

「なぁ、エルフェリアスさん。もう一つ折り入って頼みがあるんだ。その……彼女も町に迎え入れてくれないかな」

 俺に指されると、ずっと端で所在なさげに座り込んでいたマリナは驚いて目を見開いた。

「い……いけません、央真様。私は町を去ります。これほどの迷惑をかけたのですから、これ以上ご迷惑をかけるわけには……」

「迷惑かけたんなら、その償いをしなきゃ。ほら、ティアさんのとこの店を直したり、たぶんやることは沢山あるしさ。マリナだってあの町気に入ったんだろ?」

「それは、そうですけれど……」

「そういうわけなんですがエルフェリアスさん、駄目ですか?」

 彼は事も無げに頷いた。

『私は構わないよ。君の推薦なら』

「ほら、いいってさ。マリナ」

「でも……本当によろしいんですかぁ?」

「あぁ、まだ約束も残ってるしな。ほら、もう一度一緒に散歩する、ってさ。またあのパン屋行こうぜ」

 そういうと彼女は目を輝かせた。彼女は飛び跳ねるように俺の元にやってくると、その両手で俺の手を包み込んだ。その歓喜のほどに若干気圧される。

「ああ、そうですよね央真様! あなたはあれほどまでに熱い愛の言葉をかけてくださったんですもの……!! 私、そんな想いをぶつけられたことが無かったもので、尻込みしてしまったんです。……でも、もう決心がつきました。私央真様のお気持ちお受けします!!」

「うん。……うん? 愛の言葉?」

「えぇ! 央真様は雄々しく言ってくれたじゃありませんか。『俺の隣がお前の居場所だ!!』って。私、思わずときめいてしまいましたぁ……」

 記憶の針をぐるぐると回して確認する俺に、つくもとリストの鋭すぎる視線が飛んできていた。

「央真さん、あれだけダチが、とか言っときながら結局はオンナですか……」

「央真、お前あんな土壇場で魔女口説いてたのか……」

「ちょ、ちょっと待ってくれ! 違う! 断じてちが、わなくはないけどニュアンスが違う!!」

 慌てる俺にも気を留めず、マリナはうっとりと俺の手に顔を擦り付けた。

「私はもう魔女としてではなく、一人の乙女として、央真様に付き従います。そして仲を深め、ゆくゆくは……ふふ、ふふふっ」

 なんだかより一層こじれてしまったような気がして必死に弁解しようとするも、その暇もなくつくもは飛び掛かってきて、リストは我関せずとばかりにはやし立てた。どうしようもなくなった俺は、片腕にマリナを引っかけてつくもの拳を避けながらエルフェリータへと足を向ける。その後ろをゆっくりとエルフェリータの魔王が追ってきていた。

『元人間に魔女の子か。エルフェリータもまた賑やかになりそうだ』

 こうして俺達は、朝日の中騒ぎ立てながらあの町へ帰る。

 俺の近くには風変わりな少女がいて、角の生えた男もいる。おまけに魔女とドラゴンなんかもいる奇想天外でとんでもない所だけど、ここが俺の居場所だ。他の人よりもちょっとばかし苦労したかもしれないけど、諦めなかったから手に入れられた、俺にとって初めての居場所だった。

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