8.10

 閉じられた部屋には僅かな塵と呼吸する音だけが浮かんでいる。俺とつくもは二人揃って、薄く埃の積もった床を見つめていた。祈るような気持ちで何かが訪れるのを待ち続ける。それに答えたわけではないだろうが、部屋に目深にフードを被った男が入って来た。

「どうでしたか!?」

 せきを切ったように詰め寄るつくもの前でリストは無言で首を横に振った。

「駄目だ。町中に武装した挑戦者がウヨウヨ蔓延ってる。町のどの出口も、例の裏道も塞がれてる」

「そう、ですか……」

 つくもは肩を下げ、俺も無言のまま視線を床に戻した。

 あれから三日が経った。身を潜めてさえいればほとぼりが冷め、諦める者が出てくるのではないかと淡い期待を抱いていた。けれど噂は広がり試練への挑戦者は増えるばかり。偵察に出るリストからの報告も状況も日に日に悪くなる一方だった。

「まだ町の外れのこっちには来ていないみたいだが、大通りの方じゃ片っ端から強盗紛いの家捜しが始まっている。酷い有様だよ。それに怯えて通りの大半は店を閉めちまってるし……」

 俺の様子を見てリストは慌てて口を閉ざした。俺は町を巡り歩いた事を、この町で暮らしてきたことを思い出し、申し訳なさで吐き出しそうだった。俺がこうして隠れていることでこの町は、エルフェリータの町はどんどんと荒らされて行くのだ。

 窓の外に武装した男が駆けて行く音が聞こえた。つくもが遮るようにカーテンを閉めてしまう。今の気分を映し出すように部屋が薄暗くなる。

「悪いのは央真さんじゃありません! ヴォルナードです!!」

「そうだ、悪い方に考えるなよ。今はどう試練を受けるかを考えるんだ」

 気を使ってもらっているのはわかる。だが俺は塞ぎ込んだままだった。この三日間、あらゆる方法を考えた。だがそれでも試練を受ける方法は出て来なかった。マリナが魔王城を偵察してきてくれたが、強行突破するには敵が多すぎるとのことだった。人間だとバレている以上、マリナの時と同じ手で誰かに決闘を挑む事はできないし、相手に決闘に乗る理由も無い。つくもやリストに相手になってもらうことも考えたが、八百長みたいな決闘では功績は無いにも等しいらしい。そしてどこか他の場所へ向かおうにも手段も時間すらもなかった。

 それに何より、俺にはもう現状をどうにかしようという意志が湧いて来なかったのだ。あれほど身を焦がしていた焦燥感も今となっては欠片も残っていない。ただただどうしようもなく無気力な自分自身を、どこか絵空事のように見つめるだけだった。

「そうだ央真、今日は一つだけ良い知らせがあった!」

 リストはそんな俺の様子を見て、空元気だとはいえここ数日で久しぶりに笑顔を見せた。彼が呼ぶと部屋にもう一人長身の人物が入ってくる。

「よっ! シケた面してんね、央真クンっ!」

「……ティアさん」

 喫茶フィフィの女店主はフードを外すと軽くウィンクした。つくもが彼女にかけよる。

「わぁ、ティア! どうしたんですか? わざわざ家まで」

「どうしたもこうしたもないわよ。こいつから聞いたの。つくもちゃん達ったら家に缶詰めだって言うじゃない。どうせろくなものも食べてないんでしょ? だから喫茶フィフィのデリバリーサービスよっ!」

 そう言って彼女は華やかに笑った。日頃から笑顔で営業している彼女だからこそ町がこんな状況でもちゃんと笑顔でいられるのだろう。

「営業……。ティアさん、そういえばお店を留守にしちゃって大丈夫なんですか?」

「あぁー、央真それはだな……」

 急にリストが慌てたように声を挟んだが、ティアは事もなげにあっけらかんと答えた。

「ん? お店なら壊されちゃったよ?」

 俺とつくもが絶句している横で、リストが顔を手で覆っていた。彼女は笑顔のままその惨状を明かした。

「いやキミたちがウチに来てたのを覚えてた客がいたみたいでねぇ。ぞろぞろやってきてはどこにいるのか教えろ、っつうから、客ならまず料理の一皿でも頼め! って追い返したのよ。んでその後店から離れていた隙を狙われて、帰ってみたら店が倒壊してんの。もう見事としか言えない廃墟。報復と家探しの一挙両得を狙われたわねー、アハハ」

「そんな……」

 リストが足繁く通い、つくもも店主の彼女と親しく、俺も何度も訪れたあの店が今やもう存在しない。その事実は俺に深くのしかかった。町が襲われていると話で聞いても、どこかまだ救いがある気がしていた。だが、自分がよく知った場所すらもうないという現実が、それが他でもない自分のせいだという事実が、俺から残った希望すらも掬い取っていった。

「もー、そんな暗い顔しないでよ。壊されちゃったものは仕方ないって。それにティアにとってはお客さんがいる所が『フィフィ』なの。だから今はここがフィフィよ」

 そう言われても俺の気持ちが晴れることはなかった。もう、これ以上何も聞きたくはなかった。

「と、とりあえず夕飯にしますか! せっかく料理持ってきてもらったんですし!」

 わざと意気を高くしているとわかるつくもの声にも俺は頷かなかった。

「悪い。少し一人にしてくれないか……」

それだけ伝えて、俺は半ば強引にみんなを部屋から追い出した。

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