8.9

「やられた……完敗だ」

 グラスに注がれた水を一気に飲み干したリストが呟いた。俺の部屋に苦渋に満ちた空気が溢れる。

「まさかこんな手に出るとは思わなかった……。しかもこんなにも早く。昨日の今日だぞ? あいつは人の行動でも読めるのか? 信じられねぇ」

「俺にはまだ状況が理解しきれない。あいつは……ヴォルナードは一体何をしたんだ」

「……あいつは試練を出したんだ。お前を殺せ、ってな。つまりはお前を賞金首にしたんだよ。今じゃ何十人もの挑戦者がお前を狙ってる」

「そんな……なんであいつが試練を出せるんだ。決闘でもないのに」

 その続きはつくもが引き取った。

「それはヴォルナードが魔王だからです。試練を造るというのは本来魔王の権限なんですよ」

 彼女の説明にもいつもの覇気がなかった。惰性のように言葉を続ける。

「『試練の間』にある試練も色んな魔王達が造った物です。あのように個人に向けての試練もあれば、今回のように不特定多数の挑戦者を設ける試練もあるんです」

「だけど、ヴォルナードは俺のことを狙っていたはずだろ? なんでみすみす手柄を譲るような真似をするんだ」

「そこがわからねぇ。なんでそんなに手段を選ばずお前を殺したがってるのか……。本当に狙われるようなことに覚えが無いのか」

「あるはずがない。昨日初めてあいつを知ったんだ。なのにあいつは……俺が人間だってことにまで気付いてた」

「それも謎なんだ。昨日お前を嬲った時に勘付いたのかもしれん……だがそれだけで気付くのか……?」

「クソっ! わけのわかんないことばっかりだ……」

 知りもしない魔王に襲われたかと思ったら、次は何十人もの狂人に命を狙われ、挙げ句の果てには今まで住んでいた場所まで荒らされてしまった。悪夢のようなことが重なり過ぎて、現実味すら薄れ深い虚無感に苛まれる。

「俺はこれからどうすりゃいいんだ……」

「とりあえず数日の間はまだここも持つだろう。まさか町に戻っているとは思われまい」

「ただ、試練はどうしましょう……」

「試練を突破できれば人間界に逃げ切れるんだが、生憎央真が試練に挑み続けてるのは町中が知ってる。おそらく魔王城は完全に張られてるだろう……」

「そうなると新しい試練に挑むのは……」

 その後の沈黙の意味は聞かなくてもわかった。だが俺は反論するわけでもなく、それに沈黙を上塗りするだけだった。

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