8.7

 軽い衝撃を伴って、森の小さな空き地に魔獣はその四肢を下ろした。俺が降りると同時にその四肢が荊へと戻って地面の中へ消えて行く。それを背に一人の少女が姿を現した。

「…………マリナ」

 マリナは背を向けたまま、ふらふらと森の中へと姿を消そうとしていた。俺は慌てて彼女の腕を掴む。僅かに振り向いた顔は虚ろな目をしていた。

「央真……様」

 見上げるように俺と目が合うと、ようやく彼女の目の焦点が合った。少し遅れて彼女ははっとしたような表情を見せた。

「す、すみません央真様。少し動揺してしまって……お怪我はありませんでしたかぁ」

「あぁ、マリナのおかげで助かったよ。ありがとう」

「いえ、主人を守るのは魔女の使命ですから。当然のことです」

 そう言いながらも彼女の様子はどこかおかしかった。目が合わないよう逸らされている気がする。しかしその様子の理由もすぐに合点がいった。彼女もヴォルナードの演説を聞いていたのだ。俺を殺そうとした大男の豹変ぶりが脳裏に浮かんだ。

「マリナ、俺が人間だってことは……」

「……はい。聞いていました。本当なんですよね」

「あぁ、本当だ。その……もし聞いてくれるなら、全部話したいと思う」

「……わかりました。教えてください」

 それから俺は全てを語った。閻魔大王に魔界に送られたこと、王石の解放の為に試練を受けていたこと、マリナとの決闘に不用意に乗ってしまったこと、試練での作戦のこと、魔女の名が恐ろしくて本当のことを話せなかったということ、それに王石を解放して人間界に帰ろうとしていたことも。彼女は黙って全てを聞いていた。

「ちゃんと話すべきだった……すまない」

 頭を下げると、彼女は慌てた風に手を振った。

「決闘については怒っていません。あの条件で挑んだのは私ですし、策に嵌った私が未熟だっただけですよぉ」

「でも騙していたのには変わりない。どんな罰でも受けるし、もう俺の元から去っても構わない」

 俺の手が小さな手のひらに包まれた。顔を上げると穏やかなマリナの微笑みがあった。

「そんな悲しいこと言わないでください。私は決闘に勝った央真様のものには変わりありません。私にも協力させてください」

 俺は胸を撫で下ろしながら自分の行いを恨んだ。魔女だと言う事ばかりに気を取られて彼女自身を信用しきれていなかった自分を。彼女の助力を得られることには心強さを感じていたが、離ればなれになってしまった二人の事が頭をよぎる。

「そうだ。今町はどうなってるんだ。つくもとリストは……」

「あの二人には落ち合う場所を教えておきました。しばらく待っていればここに来るはずです」

「そうか……」

 俺が離れる時、広場は騒然として武器を振るう者も大勢いた。二人が無事だといいのだが。二人を案じていると、あの男の姿がちらついた。群衆を前に狂気の演説をするヴォルナード。完全に裏をかかれてしまった。あの試練が本当だとするならば、俺は今何人いるかもわからない敵に命を狙われているのだ。たとえ指輪の力で死ぬことがないとはいえ、身動きが取れなくなってしまったらどうしようもない。

 しばらくの間、俺とマリナはその場で気を張っていた。追っ手もここまでは来ないのかと考え始めた頃、木々の間から何かが駆ける物音がした。何者かが近づいて来ている。襲撃者かもしれない。俺とマリナは身構えた。

 だが、草むらから姿を現したのはリストだった。安心して肩から力が抜ける。

「よかった。リストも無事だったのか」

「央真……」

 しかしそこで異変に気が付いた。リストが現れたというのにつくもの姿が無い。

「おい……つくもはどうしたんだ」

「マズいことになった……しぐれやが……」

 リストは息も絶え絶えだった。

「つくもの家が襲撃された……」

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